月曜日、

「ふだん休日はどうやって過ごしてるんですか?」
この質問に対する理想的な回答は、家庭を持っている人であれば、子供と遊んでいるとか、平日できない家事をやっているとか、家族に関係することであろう。
家庭を持っていない人であれば、運動とか、趣味とか、習い事とか、こういうのがきっと理想的なんだと思う。
でも、僕は全く違う。仕事だ。
ふとしたタイミングで、この類の質問は聞かれることが多くて、そのたびに質問者と自分との関係性を今一度考えて、どういう回答にしようか検討し、答える。この1秒も満たない空白の中で、思考が一気に駆け巡る。
自分の性格と、これまでの成功体験と、そして今かかえている仕事量が全てミックスされて、こういう事態が起きている。
僕は根っからの心配性だ。母も、母方の祖父母も心配性だったから、生粋の心配性である。
「今日やる仕事を明日にのばすな」
祖父も、母も、よく口にしていた。例え明日やっても間に合う仕事であっても、明日何があるか分からないから、今日できるなら今日やって、明日はまた別の仕事に時間を費やせばいい。
二人も自営業だったから、余計この考えが強かったのだろう。起業家にとっては必要な精神である。そして、起業家やフリーランスには休日という概念がない。二人とも、もともと休日という概念がなかったのだ。
これに加えて、僕自身の成功体験も影響している。
前職の時。コロナ禍よりも前の2018年。僕は海外向けのECビジネス事業を立ち上げるという任務に就いた。前任はおらず、というか、それを担当する人が転職してしまったのだ。
海外マーケット、かつ事業企画、かつEC事業、という全く未知の領域に踏み込むことになり、頼れる人は社内にいなかった。月曜日以外、毎日どっかのIT企業に訪問して、お話を聞いていた気がする。
自分自身に知識や経験がないから、土日は全て勉強に費やした。そしてコロナになると、海外向けのECは、渡航できない外国人の需要をダイレクトに受けて、ますます盛況した。このトレンドも追い風となり、一気にビジネスを加速させることができた。販売システムじゃなく、プロモーションも勉強しなければ、この時コロナでちょうど時間もあったから、勉強を始めた。この成功体験と経験があるから、人が休んでいる休日に仕事や勉強をしたい、と思うようになったかもしれない。
そして、そうしないと終わらない今の業務量がある。
結果として、今の僕の休日の過ごし方が生まれたのである。
考えてみれば、社会人になって仕事をしなかった元旦は最初の3年間だけで、あとは基本元旦にスタバに行って仕事をする、というのがルーティーンになっている。
ただ、ちょっと変えたほうがいいかもしれない。
この三連休でとあるイベントに参加したのだが、初対面の人にこれを話すと、結構な勢いで引かれてしまうことが多かった。
「社畜」
「仕事が忙しいんですねぇ」
「体力ありますねぇ」
以上
話がこれ以上広がらない。というよりも、広げられるほどのネタのバリエーションを自分が持っていないのかもしれない。
それはまさしく、人生を仕事と勉強に費やしているから、かもしれない。
20代のうちは、これくらい我武者羅でも個人的にはいいと思う。けどこれからは、もっと幅のある人になりたいと思う。
幅を増やすのに、仕事と勉強はこれ以上いらない。自分に素直に、これちょっと面白そうと思うことに挑戦してみようかな。