日曜日、

何年振りだろうか。久しぶりに下北沢を訪問した。
以前一緒に働いていた先輩と、何人かでご飯の約束があったからだ。
当時は会社の近くに住んでいたけれど、転職して基本リモート勤務になったこともあり、古着屋がたくさんある下北沢にパートナーと一緒に引っ越したという。ファッションがとても個性的な人で、古着が大好きな人だったから、自分の好きなものに囲まれて暮らす生活は、きっと楽しいのだろう。終始ご機嫌だった。
この街は、古着だけじゃなくて、小劇場とか、個人経営のカフェや食堂など、ユニークなものが軒を連ねている街だ。以前来た時よりも、駅前の開発が進み、若干そのアイデンティティを失いかけているように見えたけれど、十分個性ぷんぷんの街である。
下北沢の駅から徒歩5分。共働きじゃなかったら絶対住めないと、その先輩は言っていた。きっとお高いのだろう。それでも、やっぱりこれからも続く自分の生活を考えると、会社起点じゃなくて、自分起点で住む場所を決めたい、そう思ったらしい。
だから、基本リモート勤務の現職に就いたとのこと。なるほどすぎる。
翻って自分。東京で一人暮らしをするようになってから、住居として選ぶ街は、基本的には会社からの距離や、電車1本で行けるかどうか、みたいな会社へのアクセスが最優先だった。
その結果、確かに通勤に苦痛を覚えたことはあまりない。ただ、そうなると今度は残業が増えるようになった。終電はあるが、アクセス的に楽だから、好きなだけ仕事ができてしまうのだ。
最近、転職周りの書類で源泉徴収票や、月の平均残業時間などを計算していたのだが、自分でもちょっと自覚していないくらいの時間になっていた。
最も恐ろしいのは、それが当たり前だと思っている自分だ。
まるで僕の人生、会社に捧げているようなものだ。
会社が死ぬまで面倒見てくれるのならそれでいいが、そういうわけにはいかない。
だったら自分のために生きないと、あとで露頭に迷ってしまうかもしれない。
もしかすると、まずは会社起点の街選びではなく、自分起点の街選びをするというところから考えてもいいのかもしれない。
今日の先輩の様子を見ていて、僕も自分の人生を自分自身で設計しないとなぁと、新たな気づきを得た。