月曜日、

ずっと、ずっと待っていた日がとうとうやってきた。
2023年の11月から産休・育休を取っていた直属の上司が、今日から職場に復帰する。
実際に当日になってみると、逆にソワソワしてしまって、なんだか落ち着かない。それくらい、この日を待ちわびていたのだ。
お休みに入る前までは、10時勤務開始のフレックスを取っていたのだが、お子さんが生まれた今では、8時勤務開始という逆のフレックスでの働き方に変わっている。この変化が、時の流れをより一層実感させる。
いざ久々の再会。会社のゲートをくぐるためには、セキュリティカードが必要で、僕がそのカードを渡しに行った。
レモン色のカーデガンを羽織ってやってきた彼女は、1年半前と変わらない清々しさで歩いてきた。
もう泣きそうである。
僕がこの会社に転職をしようと決意できたのは、彼女の存在だ。
当時、色々な企業を受けていて、幾つか内定をもらっていたし、他にも幾つか最終面接の段階まで来ていた。迷っていた時に、カジュアル面談として話したのが彼女である。
ああ、こんな人と一緒に働いてみたい。そう強く思った。
入社後は、やっぱり想像と違うこともたくさんあったけれど、彼女がマネジメントとしてチームを引っ張ってくれていたから頑張れた。
そんな彼女が産休・育休に入ると知った時、めでたいという気持ち以上に、悲しいという気持ちが勝ってしまった。加えて、その彼女のポジションに僕が昇格するということを告げられた時は、息ができなかった。
最後に彼女を送り出すとき、僕がお別れ会の司会をしていたのだが、途中から涙が止まらなくて何も話せなくなってしまい、他のチームメンバーが代打を務めてくれた。社会人になってこんなに泣いたのは初めてだった。
それから1年半。
過ぎてしまえば、1年半なんてあっという間で、一つ一つの出来事なんて正直覚えていない。渦中に入ってしまえば、もうやるしかないのだからと、とにかく乗り越えることしか考えていなかった。
でも、改めて振り返ってみると、苦悩の連続だった。
もう一人のメンバーが産休育休に入ってしまい、上司も組織も変わり、仲の良いメンバーが次々と転職してしまい、自分がここで頑張っている意味を見失いかける時もあった。
年5日取得しなければいけない有給休暇を全く使うことができず、12月の最終5日間に、有休を申請しながら会社に来て、会議に参加していた。それくらい人が足らないし、繁忙期だったのだ。
年末年始も土日も関係なく仕事をやり、どうにか彼女が作ったこのチームを維持しようと思った。
ガランとした土日のオフィスで、一人黙々と仕事をしていた日々が懐かしい。そして今ではもう慣れっこだ(笑)
一度だけ心が折れそうになったことがある。それは、彼女がもしかすると戻らないかもしれないという噂が流れた時だ。彼女の年次の人々が、もうほとんど転職してしまって、彼女もどうしようか考えていると聞いたからだ。
それぞれの人生だから、それに対して僕が何か言うのはおかしい。でも、また一緒に働きたい、それだけは間違いなかった。
最初の冬が来て、春、夏、秋、冬と季節が巡り、今年の春がやってきた。
彼女は戻ってきた。もう一人の産休メンバーも、ちゃんと戻ってきた。
本当に、よかった。
春という季節も、僕のチームにとっては繁忙期で、正直こんな感傷に浸っている余裕はない。それでも、この文章を書こうと思ったのは、とある一言がきっかけだ。
彼女には、ほぼ同じタイミングで入社した戦友のような同僚がいる。彼女が産休育休で居ない間、その同僚がいつも僕のことを気にかけて入れていた。何かとアドバイスをくれたり、メールをくれたり、僕の席に来てくれたり、、、。
そんな素晴らしい先輩社員から、昨日の夜、チャットが来たのだ。
「ここまで1年半、本当によく耐えた。頑張った。すごいよ、おつかれさま!」
自分でも感じていなかったこれまでの1年半という怒涛の期間が、走馬灯のように脳裏に蘇った瞬間であった。
人生で、これほどまでに心に響く「おつかれさま」の文字を、僕は見たことがなかった。
そうか、自分は頑張ったのか。
うん、そうかもしれないな。
自分を少しでも甘やかすようなことがあれば、そこからはもう立ち直れないと思っていた。だから、自分への労いなんて、いらないと思っていた。
でも、今日だけは、言ってあげてもいいのかもしれない。
「おつかれ、わたし」
おつかれさま、って何気なく言っている言葉だけれど、でもこんなに心に響く言葉なんだと改めて思った。
今度は自分じゃない他の誰かに、ありがとうや、おめでとう、と同じくらいに
「おつかれさま」って
そう言ってあげたい。
よし、感傷に浸るのはこれで終わり。ここからまた始まる。そして、もう僕の次の歩みは、この会社ではないかもしれない。でも、たとえそうだとしても、自分にも、皆にも納得いくような意思決定をしたいと思う。