金曜日、

社会人になって今年でちょうど10年。
この5月という月が持つ意味が、この10年間で大きく変わったように思う。
新社会人の頃。5月といえばゴールデンウィークだった。
ただ、楽しみと思いたい気持ちと裏腹に不安な気持ちもあった。
「やっと会社と自分を切り離して過ごせるまとまった時間だ!これは、他の誰のためでもない、自分のために使ってやる!」
そう思ったのも束の間、社会人になりたての5月は正直お金がない。どこか遠くに行くとしても、そんな余裕はないのである。
出来ることとすれば実家に帰るくらいだろうか。それでも、物理的に会社から離れることはとても大きかった。
一方で、4月下旬頃から同期の間で
「ゴールデンウィークどうする!?みんなでどっか行っちゃう?」という、僕にとっては非常に面倒な囁きが聞こえ始めたことも、よく覚えている。
初期配属が東京になった同期は、僕を入れて5名。僕以外は全員地元が遠い。
北海道、富山、三重、広島、そして僕は埼玉。よくもまあ、これだけ地方出身のメンバーが集められたなぁと思う。彼らにとっては、地元に帰るほうが、東京で遊ぶよりも高くつくのである。
ああ、面倒だなぁと思いながら、僕は実家に帰るという選択肢を選んだ。
これで良かったのかなぁと思いながら、モヤモヤと共に過ごす実家でのゴールデンウィーク。さらに、ゴールデンウィークが始まるとともに、終わってしまう日のことを考えて不安がこみあげていた。
今考えると、まさに新社会人真っただ中を生きていた自分がかわいらしい。
4年も経てば、この五月に対する考えが変わってくる。当時、海外部門で中国を担当していた僕は、6月から始まる大型セールの準備やらで中国と日本を行ったり来たりしていた。5月はまさに出張だらけ。
「ゴールデンウィーク?むしろそこで出張して、他の日を代休にしてやる」
もう心に毛が生え始めていた。
そして7年目。僕にとっての5月は、退職の旨を伝えるタイミングであった。
人生で初めて退職について上司に伝えたのだが、シチュエーションの設定、切り出し方、引き留められた時の対処法など、もうこれ以上に緊張したことはなかった。
あの時代の5月は、退職したい旨を伝える前と、伝えた後とで、世の中の景色が全く変わって見えたのを覚えている。前年に、僕は中間管理職の試験に合格し、この年から役職についていた。ただ、僕は決めていたのだ。役職がついたら会社を辞めよう、と。
そして今。僕にとっての5月は、退職者を見送る月となっている。
考えることは皆同じだ。6月のボーナスを受け取って会社を去るのである。早い人ならこのゴールデンウィークと同時に。遅い人でも5月末や6月頭には最終出社日を迎える。
「お世話になりました」
見慣れたメッセージがついたお菓子があちらこちらで出回っている。
今年もこの時期がやってきたなぁと、むしろ育休からの復職者で賑わっている真逆の状態から僕はこの様子を伺っている。
うちの会社は人材の入れ替えが非常に激しい。というか、人材輩出企業と呼ばれているから、世の中的にも知られている。
それにも関わらず、だれかが辞めるということを、その人の最終出社日から逆算して1週間前まで、引継ぎ者や関係部署以外には一切開示しないのだ。
僕はこれに違和感を感じる。そうやって隠すから、退職することが悪いことのように思われるし、僕だって思ってしまう節があるのだ。
「裏切った」
こう思う人もいるかもしれないが、
「必ず裏切ってはいけない」なんて契約は結んでいないはずだ。だから僕は、別に出ていく人に対して、何にも思わない。
ただ、仲が良かったり、一緒に仕事をしていて快適だった人に対しては、単純に「さみしいなぁ」と思ってしまう。
ただ、会社の言い分も分かる。要は、周りへの影響を極力最小限にしたいということだろう。次々と辞める人が出たら困るからだ。
組織の視点で考えれば、その方針はごもっともだろう。だけど、いざ当事者になってみると、そういう会社の視点は、心に重くのしかかってくる。
昨日急遽ちょっとだけ飲んで帰ったのだが、一緒に飲んだのは来月頭に最終出社を迎える仲の良いメンバー。
話を聞いていると、同感しかない。
でも、やっぱり視点の違いなんだろうなぁとは思う。
組織と個人、どこまで行っても交わらない視点に、どうしたもんかなぁと思いながら、ちょっとだけ寂しい酒を飲んだ。
月日とともに、僕の成長とともに、僕の立場とともに視点が変わり、5月の捉え方が変わってくるのである。