日曜日、

ここ最近、音声メディアが熱い。コロナ禍の時はポッドキャスト一択だったが、ラジオ、Audible、Voicyといった音声コンテンツが溢れている。
そして、僕の中での優先順位でポッドキャストが最下位になっている。そうなると、登録しているけれど全然エピソードを聞けていない番組が沢山出てくる。
「深夜の寝落ちラジオ」という番組も、つい先日まではその一つだった。ただ、とにかく頭もメンタルも体も疲れてしまって、何か聞きたいのだけれど、音楽も含めて何も聞きたくないという矛盾状態になっていた時、この番組に手を伸ばしたのである。
この番組は、今はもう社会人になってしまったパーソナリティの方が、大学生の時に始めた一人語りのポッドキャストである。
パーソナリティのじゅんのすけさんは、北海道出身。北大の学部生だった時に、大学生の何気ない日常を記録するポッドキャストとして始まった。
別に、何かのためになるというわけではないのだけれど、じゅんのすけさんの声、トーン、話し方、意見、トピック、全てがラジオのそれという感じで、非常に心地よいのである。
僕がこのポッドキャストを初めて聴いたのはコロナ禍の時だった。当時、僕はSpoonの配信なども聞いていて、配信以外で、布団の中で何か聞けるコンテンツが欲しかった。それで出会ったのがこの番組だ。
僕がポッドキャストを聞くようになったのは、中学1年生の時。英語の勉強として、米国の各ニュース番組を聞いていた。
こういう入り口を経ているからだろうか。
僕にとって、どこかでポッドキャストは、何かを学ぶために聞くことというバイアスがかかってしまっていた。
特に、忙しい時はそれが顕著で、限られた時間の中で、どの番組を聞くかという篩に掛ける時、学びに繋がるものが優先されてしまう。
語学、ニュース、マーケティング、歴史、ビジネス・・・。
今の会社に転職してからは、楽しむためにポッドキャストを聞くということができていなかったように思う。本当は、日常の何気ない会話の中に、染みるねぇという言葉が沢山隠されているのに。。。
だから、再びこうやって、深夜の寝落ちラジオに戻ってこれたことは、僕にとっては非常に大きい。
この数年間、聞けていなかったコンテンツを、今遡って聞いているのだが、平野啓一郎さんの「分人主義」について語っていた回が印象的だった。
じゅんのすけさんが注目していたところは幾つかあるのだが、僕が非常に納得したのはパートナーや恋人との関係について。
付き合い当初から比べると、パートナーに対する想いというのは少しずつ薄れてしまうこともあるかもしれない。そうなると、この人とこのまま居てもいいのだろうか、と思ってしまうこともあるだろう。
その時にふと、この分人主義の考えを活用してみるのだ。
その人と一緒に居る時の自分、その自分が、自分自身にとって好ましいと思える自分なのであれば、きっとその人と一緒に居続けることは間違いじゃない。
なるほど、とひざを打った。
これは人間関係全てに言えるかもしれない、そう思った。とにかく人と会う機会が山のようにある中で、僕らは一人ひとりに対して、自分自身を出し分けている。
その出し分けている自分のレパートリーの中で、「あ、この自分は好きかも」と思える、その気づきを大切にしたいと思った。
この分人主義の本は、数年前に読んでいたのだけれど、この部分は当時別に心に残らなかった。
じゅんのすけさんの声で、トーンで、意見を沿えて伝えてもらうだけで、こんなにも輝くのだなぁと、声の力を知った瞬間だった。
今日も明日も、深夜の寝落ちラジオを聴き続けよう。