HONEST

猫好き・植物好き・ラジオ好きの齢32歳。日々の学びや気づきを、文章とイラストで自由に記録していきます。

7月20日 コープ・生協の話を聞いて

日曜日、

 

 

コープ・生協についての放送を聞いて妄想したことについて。

 

平日は、ビジネスや経済、海外ニュース周りのポッドキャストを聞いている一方で、週末は文化系、生活系、雑談系のポッドキャストを聞いている。

後者の中で最近よく聞いているのが、ジェーン・スーさんと桜林直子さんの雑談ポッドキャスト番組『となりの雑談』である。

二人の他愛のない話が心地よい。別に結論を求めているわけではないけれど、きわめて鋭く深い二人の洞察力が、会話の節々に現れていて、雑談なのだが気づきが沢山あるポッドキャスト番組だと僕は思っている。

この番組に、今年の5月~8月にかけて企業スポンサーがついている。その企業とは、コープ・生協である。具体的には、その中の宅配事業がスポンサーとしてついている。

だから、月に1回の放送の中で、本編とは別に、2人が実際にコープの商品を紹介する場面が設けられているのだ。

ここで良く出てくるのは時短に繋がるようなコープの商品たち。例えば、冷凍食品。チンすればすぐに食べられて、しかも野菜もしっかりと取れるような、痒い所に手が届く商品なのだ。

ああ、世の中は便利になったなぁとしみじみ思ってしまうと同時に、僕はコープに一度も行ったことがないということを思い出す。

コープ・生協はちょっと値段が高い、ぜいたく品だ、という風に言われて育ってきたからだ。

僕が小学生くらいの時は、宅配スーパーといえばコープぐらいしかなかった。たまにポスティングされているチラシを横目に、母はいつも「コープはぜいたく品だよ」と言っていた。

配送してくれるから、その分の料金が上乗せされていて、そこらへんのスーパーよりも全然高いよ、そう言われていた。

でも、うちはシングルマザーだったし、母は仕事を複数掛け持ちしていたから、家事は極力減らしたいはずだったのに。もちろん、当時の僕はそんなこと考えず、へ~そうなんだ~と思ってそれっきりだった。

ただ「コープは高い、買っちゃダメ」

これだけがインプットされてしまった。そして恐ろしいのは、今でもその考えが脳裏にあるのである。

 

ネットスーパーは働く親の味方だと改めて思う。

いま一緒に働いているワーママたちは時短勤務だったり、フレックスを使ってやりくりしているけれど、スーパーによってから帰るということがどれだけ大変かを教えてくれた。

まず、子供と一緒にスーパーに行くと、必ずあれが欲しい、これが欲しいとせがまれてしまう。

さらに、子供の荷物と自分のパソコン、そこにスーパーの袋に、たまにトイレットペーパーなどもあると、もう自転車に乗れない。雨の日は最悪だ。タクシーになってしまうこともある、とのことだった。

今でもそうなのだから、フレックスとか時短とか、そういう制度が整っていなかった一昔前は、もっともっと大変だっただろう。

ますます、なんでうちは宅配を使わなかったのだろうと改めて考えた。

 

1つ大きいかもと思ったのは、基本的に今の子供たちほど食事のバリエーションにこだわっていなかったこと。どうせ子供たちは給食があるんだし、朝ごはん・夜ごはんは別にバリエーションはいらない、そう割り切っていた気がする。

これに派生して2つ目。我が家には、おつかいというお手伝いが存在していたこと。

よく姉と二人で近所のスーパーに歩いて買い出しに行っていたことを思い出した。牛乳と大根と味噌と米と、、、みたいな重いものばかりでも2人いればなんとかなったし、僕は肥満児で力があったから余裕だった。

そして親がついてこないから、あれが欲しいとか、これが欲しいとか、そういう風に訴えられる人もいないのである。渡してもらったお金のおつりが、例えば50円とかそれくらいだったら、いつも臨時収入としてお小遣いとしてもらっていた。

ごみ出し、お風呂掃除、トイレ掃除、洗濯、掃除機かけ、皿洗い。こういうのは、だいたい20円とかそれくらいだったけど、お使いは1回行くと50円はもらえていた。だから、子供にとっても好都合であった。

 

もちろん、今の子供たちのように、小学生でも毎日習い事がある子供たちはお使いなんか無理だろう。僕も習い事はしていたけれど、当時上智の外国語学部に通っていた隣の家の娘さんが、バイトとして教えてくれていたし、ピアノは自分ちだし。バスケだけがちょっと面倒くさかったけど、余裕があったのは確かである。

近所でちょっと得意な人が格安で教えてくれる、みたいな文化が結構残っていた時代だった。

 

昨今を考えると、やはりネットスーパーというのは必要不可欠だと思う。親たちは、わざわざ便利さに頼れる環境であるのに、それを頼らないというのはもったいないと思う。

頑張っている自分、節約している自分が好きなの、という場合は例外だが、それによって自分の心身に支障が出たりしては意味がない。

 

だけど、便利になっていくと、おつかいの文化や、近所での助け合いみたいなものは減るなぁと思った。おつかいって、結構頭使うし、歩くし、大人とやり取りするし、とても大事な社会勉強だったと思う。

 

時間は不可逆。だから、今の時代に適したやり方で僕らは生きていけばいいと思う。でも、あの時色々と工夫してやり過ごしたこと、大変な生活を楽しく生き抜いてきたことは、これからの人生のどっかしらで輝くと思うから、ここにこうやって記しておきたいと思う。