HONEST

猫好き・植物好き・ラジオ好きの齢32歳。日々の学びや気づきを、文章とイラストで自由に記録していきます。

7月21日 読書とは

月曜日、

 

 

読書とは何なのか

昨日のポッドキャストを聞いて改めて考えた。

 

今日紹介するポッドキャストコンテンツは、News Connectという世界のニュースをコンパクトに発信しているポッドキャスト番組。手がけているのは、ポッドキャスト周りのコンテンツ制作を行っている会社「クロニクル」である。音声業界では有名な野村高文氏が立ち上げた会社である。

この番組、平日5分間で世界のニュースを発信しているのに加え、日曜日は1週間を振り返るコンテンツも配信し、月1回土曜日にゲストを招いてトークを繰り広げるコンテンツも展開している。今回聞いたのは、この月一土曜日の回にあたるものだ。トーク会では、野村さん自らが聞き役として登場する。

今回のゲストは兼業作家のレジーさん。え?だれ?って思うかもしれないが、『ファスト教養』という本を書いた人、という風に聞けば、「あー!聞いたことある」となるかもしれない。

最近レジーさんが出した著書『なぜ東大生はコンサルを目指すのか』、この本のタイトル通りのことを野村さんが体現していることから、このトークセッションが実現した。野村さんは、東大文学部→出版社→コンサル→ニューズピクス→起業、というキャリアを歩んでいる。

話題はファスト教養について。

ファスト教養とは、何かの目的のために身に着ける教養のことである。

教養はどうやって身に着けるか。主には読書だろう。つまり、読書そのものを楽しむ・味わうということではなく、教養を身に着けるために読書をする、ということだ。

この話を聞いて、ここ最近、自分もそうなっているかもしれないと気が付いた。

 

小さい頃から読書が好きだった、というわけでは全然ない。読書感想文は、体中が痒くなるくらい大嫌いで、原稿用紙の前に座って一日が終わることもしばしば。

そんな僕が本が好きになったのは小学校高学年からだ。知っている人は知っているかもしれないが、青い鳥文庫のパスワードシリーズという松原秀行さん作品にはまってしまったのである。

そこから乙一にはまり、そしてなぜか覚えていないのだがプロレタリア文学が好きになり小林多喜二の作品を読み漁る。そしてなぜか強烈に頭に残ったのが、中三の時に読んだ楢山節考という深沢七郎の作品。姥捨てという概念を知った時の衝撃が忘れられず、当時毎年課されていた人権作文にこのトピックを題材にして文章を書いたら、中三の時に埼玉県から表彰されたことを覚えている。

ここからが始まりだった。

読書感想文が好きになったのだ。好きになったというより、どちらかというと快感になったのかもしれない。

書いても書いても溢れてくる自分の思い。大学も結局最後は文学系専攻になったのも、こういう経験からだったのかもしれない。

確かにエッセイや卒論とかのために本を読んだけれど、どちらかというとそれも目的を持って読んだというよりも、その没入体験に浸りたかったから、という方が正しいと思う。通学に合計3時間かかっていたけれど、その時間が毎日楽しくて仕方なかった。

 

それなのに、社会人になってから、というよりもここ最近、厳密には今の会社で働くようになってから、目的を持った読書ばかり増えてしまっている気がする。

なにこれおもしろそう!、そう思っても、役に立つのこれ?とか、特に学びがないのにこの値段は高すぎる、と思って、読むことさえしない。

フレームワークとか、リーダー論とか、データ分析とか、、、。確かにこういうのは即効性があるからすぐに使える。そしてすぐに新しいものが出てくるから、常にアップデートする必要があって、また新しい本を読む。この繰り返し。戦略立案の仕事をしているから、正直全部役に立つのだけれど、なんだか消化してるだけで身になっていない感じがする。

そういうモヤモヤ感を抱えていた時に、ちょうど出会ったのが、昨日聞いた月一土曜のトークセッション。

野村さんも、レジーさんも、二人ともビジネスの前線で働いてきた人たち。特に、野村さんはコンサルも経験しているから、ファスト教養の権化みたいな人である。

そんな二人が言っていたのは、決して目的を持った読書も無駄ではないということ。

それなりに働いている人の中で、ビジネス書を一度も読んだことがないということの方が問題で、忙しくしていればしている人ほど、目的を持ったビジネス書読書が中心なのは仕方のないこと。それに、役に立つという事実もある。だから、とことんまずはそういう読書をしてみればいい。コンサルで働くというのは、そういうことであって、つまり人間が商品の世界だから、商品としての魅力をあげるためにとことんビジネス教養を身に着ける必要がある。目的を持った読書を徹底的にしていく世界戦だ。

そしてとことんそういう読書をした後に、気が付くのだ。何も残らないということを。

でも、そこの境地に至ってからがむしろスタート。そういう経験をしたのちに、自分が読書に求めることって何だろうっていうのを実感を伴って考えることができるようになるのだ。

 

このやり取りを聞いて、少し元気を取り戻した。そういう意味では、僕は中途半端なのかもしれないな。

まだ、目的を持って、本を読んで読んで読んで・・・・みたいな状況ではない。一旦そこの領域に行ってみるのもいいかもしれない。

 

何のために本を読んでいるんだろう、読んでる本の内容が全然入ってこない、読書が楽しくない、こういう考えに至っている人は、一度両方の読み方をとことん突き詰めてみるのがいいかもしれない。

とにかく自分の興味関心・娯楽のために読む読書と、目的をもって効率的に量をこなす読書体験だ。

 

今目の前にはビジネス本が2冊置かれていて、1冊は読了していて、もう1冊はあと15ページくらい。そしてもう次のビジネス書が図書館で取り置き状態になっているから、このあと向かうつもりだ。

 

今やっていることは決して無駄ではない。少し自信をもらえた。

今日も沢山読もう。