HONEST

猫好き・植物好き・ラジオ好きの齢32歳。日々の学びや気づきを、文章とイラストで自由に記録していきます。

8月24日 可能性か、確実性か

日曜日、

 

 

まさに考え方の違いであり、決して悪気があるわけではない。人がいるだけ考え方がある、だからコミュニケーションは面白くて複雑だ。そんなことを考えた。

 

取引先の広告代理店との会話。立場としては、こちらがクライアントの立場である。

時刻は21時50分。スマホが鳴る。見ると、代理店の営業担当からであった。

「夜分遅くにすみません。いま少しお電話できますか?」

こんな時間に?と思ったが、まだオフィスに居たのでOKと返す。この時間にかかってくるということは、何か急ぎの案件なのだろう。そう思って快諾した。

電話の内容は、2日後に迫っているプレゼンについて。これを後ろ倒しできるかどうかであった。確かに、スケジュール調整などは早ければ早い方がいいから、その場で話してしまった方がスムーズに片付けられる。ただ、後ろ倒しにしたい理由が、文章だと誤解を招く可能性があるとのことで、それで電話してきたのだ。話してみて、確かに納得、これは話さないと分からない、そう感じた。

 

「お電話ありがとうございます。関係者の皆様にもこの後メッセージ流します。22時半までには流しますね」

そう言って彼は電話を切った。なぜ彼は時刻を伝えたかというと、僕も同時に社内のチャットで先ほど聞いた複雑なニュアンスのことを関係者に同時に流す必要があったからだ、誤解を招かないために。

 

そして時刻は22時半。メッセージが来ない。5分、10分、15分経っても来ない。そしてもう23時だ。PCの電源を切ろうかと思った矢先、やっとメッセージが来た。それを見て、僕も社内の関係者にメッセージを流した。時刻はもう23時10分である。

 

”22時半って言ったよな。。。”ブツブツ頭の中で呟きながらイライラしていた。この営業担当はいつもそうだ。必ずと言って良いほど時刻を守らない。あまりにもその回数が多すぎて、怒りを通り越してむしろ不思議に思えてきた。なぜこれほどまでに時間を守れないのか。

そんな折、いぜん同じような経験を沢山していたことに気が付いた。それは、タイ、フィリピン、カンボジアに住んでいた時に日常的に経験していたことであった。

どの国でも時間ピッタリなんていうことはなかった。

9時に行きますね、12時までに送ります、18時までには終わるでしょう。100%守られたことはなかった。

ただ、これは悪気があるわけでもなければ、嘘をついているわけでもない。そして見込みが甘いわけでもないのだ。

そこに可能性がある限り、そういう風に言うのである。

9時に行ける可能性がある、12時までに送れる可能性がある、18時までには終わる可能性がある。きっとその時間あたりだろうという可能性がある時は、その時間を告げるのである。

正しく翻訳すると、こうなる。先ほどの広告代理店との会話で再現すると、

「22時半までには送れる可能性があります」だ。少しでも可能性があるなら、そう伝えるのである。

一方で僕や、僕の周りの人間はどうかというと、確実に間に合う時間を告げる傾向がある。例えば、先ほどの会話だと、僕の場合はこうなる。

「遅くなってしまい申し訳ないが、23時には確実に送れると思う」だ。仮に22時半に送れたとしても、そこには可能性しかなく、確実性が低ければ22時半とは言わない。

 

可能性があればその時間を伝える人と、確実性が高い時間を予め伝える人。ここには大きな考え方の違いがある。

これまで住んできた東南アジアの国々では、可能性にかける人たちが圧倒的に多かったから、ひょっとすると色々と安定せず、常に臨機応変さが求められるような環境で生きていると、少しでも可能性があるほうに価値を見出し、それを重視するのかもしれない。または、人間関係の捉え方の違いかもしれない。もっと人との距離感をラフに考えられるのかもしれない。

当時は僕もこっちの考えに染まってきていたのだけれど、日本に戻って既に10年も経ってしまって価値観が戻ってしまったのかもしれない。

 

こうやって考えると、やはり相手がどっちのタイプなのかを考えてやり取りをすることが一番望ましい。そして、そういう気遣いやAIには出来ないんだろうなぁと思った。

 

相手の言動から、自分自身の価値観を見つめなおす良い機会となった。