日曜日、

週末は基本的に家にいないことが多い。強制的にやる気モードにさせるためだ。家にいると、残っている仕事があるにも関わらず、気づいたらお昼を回っている。分かり切った未来が見えているから、早々に家を出る。朝ラン、掃除、英会話。とにかく全てを終わらせて家を出る。
だから、近所でどんなことが起きているか知らない。家を出る朝の様子と、帰ってきたときの夜の様子が180度違うことがあって、たじろぐことがある。まさに昨日がそれだった。
時刻は夜の7時。カフェでタスクを処理し、プラプラと買い物をして、近所のスーパーに立ち寄る。あれ?いつもより人がだいぶ少ない。週末のこの時間、スーパーはいつも混んでいるのに。少し違和感を覚えながら自宅の方へ歩いていく。
人、人、人。どうやらスーパーではなく、人々は屋台で買い物をしていたようだ。
どうやらお祭りらしい。全く意識していなかった。それなりの規模のようだ。僕が済んでいるエリアは、確かにビジネス街ではなくて生活エリアという感じではあるけれど、一体全体どこにこんなに人が居たのだろう。それくらい人で溢れていた。そして、この少子化と呼ばれる時代にも関わらず、沢山の子供たちで溢れかえっている。
どうやら子供たちにとってお祭りというのは楽しいものらしい。僕にはない感覚だから、この感覚は学びである。
小さい頃からお祭りが苦手だった。生まれ育った町では、夏と秋に大きなお祭りが開かれていた。100%同級生に遭遇するほど、みんな遊びに来ているお祭り。行きたくなかったけれど、母から行ってきなと言われるし、友達からも誘われるし、しぶしぶ行っていた感じだ。
地域の祭りだけではない。僕は、祭りと呼ばれるあらゆるものがあまり好きではなかった。ただ、興味深いのは、どの立場で参加するかで楽しめるかどうかが変わるのだ。
例えば体育祭。そもそも運動が苦手な僕は、当日の朝まで中止になれと願っているほど超受動的に参加する側の人間だった。そういう時ほど雨は降らない。そして終始楽しめない中で終わる。これが体育祭。
一方で合唱祭や文化祭。これは全然違うのだ。合唱祭では毎回僕はリードする側。伴奏もやるし、運営委員会もやる。合唱画も書くし、全体を盛り上げる立場であった。 文化祭もそう。実行委員になったこともあるし、高校生の時は吹奏楽部として1日4回公演。参加者側ではなく、パフォーマー側だった。
ちょっと違うけどコンクールもそう。観客側では楽しめないのだけど、演者側だと楽しめるのである。不思議だ。
恐らく、僕は群衆の中の一人になる、あの渦に巻き込まれるのが嫌なのだと思う。根っこのところでは、混雑した中で時間を過ごすことに強いストレスを感じる性格で、そこから一つ抜けたところで活動していたいのかなと思う。そして、そういう立場で参加する分にはアドレナリンが上がるから好きなのだ。
確かに、これまで経験してきたバイトの多くが、実は混雑する場所での仕事だった。動物園、博物館、芸術劇場。全てスタッフ側。もしかすると、人が楽しんでいるのを見るのが好きなのかもしれない。だけど、そちら側には入りたくないのだと思う。面倒くさい人間のようだ。
人が集まるところには必ずその理由がある。良い商品、面白いイベント、などなど。人混みが苦手だからと言って、ずっと混雑している場所を避けていると、いつかこの世界から取り残されてしまう。
でも、僕のように人混みが辛いと思う人もたくさんいると思うから、そういう人はむしろ運営側に回ってみたらどうだろうか。今の職場は副業が禁止なのだけれど、副業として運営側の仕事に立てるように、そういう意味でもやっぱり転職かなぁとしみじみ思うのであった。