月曜日、

今日は敬老の日。高齢者と関りがあるわけではないし、テレビも見ないから、世の中の人が今日をどのように過ごしているのか、正直よく分からない。ただ、物心ついた時から、この日はちゃんと祖父母に連絡を取るようにしてきた。昔から墓参りが好きだった僕は、お彼岸のタイミングであることを良いことに、墓参り目的で祖父母の家にも顔を出すこともあった。そんなこともあって、割と良好な関係を保てていると思う。今でも3日に1回くらい、祖母からはLINEが来る。
祖父は、僕が高校生の時に亡くなってしまい、そこから祖母は一人暮らしだ。確かに、最初の1年は打ちひしがれている様子で、たびたび僕らも彼女のもとを訪れるようにしていた。変なことを考えてないか、心配だったからだ。
あれからもう10年以上が経ち、コロナもやってきたし、この夏の酷暑も乗り越えてきた祖母。今年は、年明け早々に帯状疱疹で苦しんでいた。これは、もうそろそろなのかもね、とそういう会話さえするようになっていた僕ら家族だったが、夏が来る前に彼女は回復していたのである。
入院中はとにかく暇で、早く自宅に帰りたかったという祖母。確かに、95歳になった今でも、祖母は毎朝同じ時間に置き、ラジオ体操をやって、集合住宅の周りを何周か歩いている。そして家の掃除も欠かさずやって、朝ごはんには味噌汁を作って飲んでいる。そして、朝食を食べながら、僕にLINEをしてくるのであった。
正直、こんな90代見たことがない。もちろん老化は止められないのだけれど、今でも歳を重ねるたびに、むしろ若々しくなっているように見える。
彼女が一番歳を取っていたのは、ケアハウスに入居していた時のことだ。僕が小学生の頃だったから、だいぶ昔の話である。
祖父と一緒にケアハウスに住んでいた時の彼女は、いつも風邪を引いている印象で、寝込む時も多かったと記憶している。そして、よく眠れないといつも言っていた。ほどなくしてケアハウスを退所し、マンションに移り住んだのだ。それからみるみるうちに元気になり、やっぱり自由に暮らしたいのだと僕ら家族は悟った。
そして、祖父がなくなりもう10年以上が経った今。彼女は一人の時間、一人の生活を謳歌している。週何回かヘルパーの方が来てくれているみたいだけど、あとは基本一人だ。正直、祖父と一緒に居たときよりも、全然元気だと思う。
間違いなく、彼女は一人が好きなのだ。
今から半世紀以上も前。まだ彼女が若かった時。女性が一人で生きるということは、どういう意味を持っていたのだろう。
おかしい人なのかな?って思われたかもしれない。一方で、だれかと一緒にならないと生きていけなかったのかもしれない。手段としての結婚だったから、お見合いビジネスだって盛んだったのだろう。
祖母もそうだが、母もそうだ。二人に共通するのは、二人とも睡眠時間が短いこと。理由は明確。夫が寝た後に寝て、夫が起きる前に起きたいのだ。そういう風にして、一人の時間を作りたいのだ。
僕の母、いっとき4時間睡眠くらいで生きていた。朝4時に起きて近所にジョギングしに行き、夜は一人で映画を観ていた。彼女もまた、田舎出身の女性が一人で生きていくこと、一人で生きていける経済力があったら、結婚という選択をしていなかったのではないか、そう思う。
敬老の日に考えたい。よく生きるって、いったい何なんだろう。
少なくとも僕が思うのは、自分が生きたいように生きること、これがよく生きるってことなのかなと思う。
長さは関係ない。短くても自分の好きなように生きれたら、素敵だと思う。そのためにまず必要なのは努力だ。
僕は、個人的な意見として、寿命で死にたくないなと思う。やめたくなったらやめようと思う。その時に、周りも自分も、「あ~よく寝た」的なニュアンスで、「あ~よく生きたね」って言われて送りだされたいし、言いたい。
そう思うと、この一秒、一分も良く生きるためには大事なエッセンスなんだと思う。