土曜日、

戦争の対義語は「対話」。なるほど。膝を打った。
今日もVoicyを通じて学んだことを共有したいと思う。
僕がフォローしているパーソナリティーの一人に、同時通訳者の田中慶子さんがいる。最近だと、来日していたビルゲイツ氏の同時通訳も務められたとのこと。他にも、テイラースウィフトやベッカムなど、名だたる著名人の通訳として活躍されている。そんな慶子さんのVoicyは、同時通訳者という職業上、英語のことが中心かと思いきや、実はそんなこともない。倉敷にある、大原美術館の理事も務めるなど、文化的な活動も多く、その影響か、Voicyの内容も非常に多岐に渡る。そういう部分が、僕は気に入っている。
今回紹介してくれたのは、ピース・イン・ザ・ダークである。ダイアローグ・イン・ザ・ダークという、視覚情報を完全に閉ざされた状態で、視覚以外の情報を使って周りとコミュニケーションを取ったり、何かアクティビティを行ったりする。戦後80周年を迎えた今年、その平和版として、期間限定で行われたのが、ピース・イン・ザ・ダークだ。慶子さんは、広島と東京の2か所で参加されたという。
その紹介をする中で、ダイアローグ・イン・ザ・ダークの創設者であるハイネッケ博士の言葉として、表題の考えを紹介してくれたのだ。
一般的には、戦争の対義語として使われるのは「平和」だろう。ただ、平和というのはどちらかというと、その状態のことを表しているし、動的な戦争という言葉の対義語でないことは確かだ。
辞書的な意味でも、平和=「戦いや争いがなく穏やかな状態」とされている。その状態にするために、どういうことをしなければいけないのか、それが戦争の対義語だと思った。
『平和主義者』という言葉から、少し考えてみたい。僕は小学生の頃、いつも平和主義者だと言われていた。
「〇〇君は、体はみんなよりも大きいのに、争いごとが嫌いで、本当に平和主義者なんですよ。何か争いごとがあると、そこからスーッと居なくなってしまうんです」
3者面談で、よく担任教師が母親に伝えていたのを今でも覚えている。
そうなのだ。平和というのは、争いが起きているところから逃げる、争いを見て見ぬふりをしても達成できてしまうのである。その場から逃げてしまえば、自分の周りは平和になるからだ。
ただ、見て見ぬふりをしたことによって生まれた平和は恒久的な平和ではない。なぜなら、何も問題を解決していないからである。持続可能な平和を達成するためには、戦争が起きている根源を解決しなければいけない。そして、そのために必要なのは、まさに対話である。両者が対話を重ねることで、初めて問題の解決に向けた準備が整うのである。
だから、僕がかつて取っていた、平和主義者というポジションは、もっと分かりやすく言えば無関心主義者、という風に言い換えられるだろう。平和主義者の本当の意味は、その状態に向けて暴力的な手段を用いずにアクションを起こしていく人のことだから。
ただ、波風を立てないことが平和なのではなく、暴力ではない形で徹底的に戦っていくこと、その方法というのが対話であるということ、その結果として恒久的な平和がもたらされるということ、改めて実感した。
「自分は争いとか嫌いな平和主義者なんで」と、かつての僕のように自分自身を説明する人もけっこういると思う。でも、少し表現を変えないといけない
「自分は争いとか嫌いな無関心野郎なんで」の方が正しい。
対話の大切さ、改めて実感である。