HONEST

猫好き・植物好き・ラジオ好きの齢32歳。日々の学びや気づきを、文章とイラストで自由に記録していきます。

12月31日 大きなきっかけ

水曜日、

 

 

とやかく言う人は多いけれど、僕は積極的に海外に挑戦したいと思う人を応援したいと思う。それは、僕自身が、海外での生活を通じて考え方が変わり、その後の人生を自分の意志でデザインすることができたからである。

昨日書いた、石井ゆかりさんの「星栞 2026」。僕は天秤座なのだが、2026年の上半期はキャリア的にも社会的にも大きな変化が起こるタイミングであり、12年に一度の変化であると書いた。つまり、今から12年前の同じタイミングでも、同様の変化があった人が多いのではないか、と書かれていた。

ふと思い返してみた。2026年前半から遡って12年前というと、2014年の上半期である。ちょうど大学を休学してカンボジアに滞在していた時期と重なる。この体験は、まさにその後の僕の価値観も生き方も大きく変えた出来事であった。

2013年の9月からカンボジアには入国していたのだけれど、最初の3か月は本当に辛かった。国連のインターンとはいえ、家は自分で探さないといけなくて、そこからのまず壁にぶち当たった。英語が全く流暢ではなかった僕は、奇跡的に国連インターンに合格したけれど、英語が話せることがスタートライン(なんなら、スタートラインよりも前の当たり前の世界)の環境で、人とうまくコミュニケーションも取れなかった。そして、豪雨・洪水・害虫・欠陥住宅・騒音・事故・病気・停電・孤独。なんでこんな国に来てしまったんだろうと心から後悔していた。

でも人間ってやっぱり順応するんだなって思う。3カ月くらい経過すると、アパートの住人、近所の住人、職場の人とと徐々に打ち解けることができるようになった。英語は流暢ではないのだけれど、でもなぜか普通に話せているのだ。そこから、やっと僕はこの国の内側に入ることができたと感じた。それが、まさに今からちょうど12年前の2013年の12月である。

この3か月を経て、4カ月目からは飛躍的に生活が楽しくなった。能動的になり、ちょっとした心配は一切考えず行動するようになった。怖いものがなくなった。というより、きっとどうにかなるって思えるようになった。そんな時に出会ったのが、カンボジアに来ていたJICA海外協力隊の人たちだ。僕よりも数歳年上くらいの20代後半の人がほとんどで、みんなカンボジアの地方で働いていた。プノンペンにJICAのオフィスがあるから、月に一回くらい集まっているという時に、たまたま国連やJICA主催のイベントが重なって一緒に仕事をする機会があったのだ。

彼ら・彼女たちに会って話して、僕は自分自身を恥じた。「なんで自分だけこんな辛い目に・・・」なんて思っていたことを恥じた。みんな、もっと整っていない地方で、かつ現地語しか通じない中で仕事をしているのだ。僕はこの時に思ったのだ。言葉って、たかがツールというけれど、でもデフォルトで備わっていなければいけないものであると。だから、今でも英語は絶対に衰えさせたくないと思って、継続してレッスンを受けているのである。

そして、海外で生きる、海外で仕事をする、海外に貢献する、というのは同じように見えて全く違うということも分かった。僕は、海外で仕事をするは出来ても、真の意味で海外で生きる、海外に貢献するというのは出来ないのではないか、と思ったのだ。

海外で生きるは、そのコミュニティの中に入って、現地の人の考え方で、価値観で生活をすること。そして海外で貢献するというのは、確かな技術を持っているだけではなく、それがその国で確かに必要とされている技術である必要がって、それを熟練している人でないと簡単に貢献なんて言えないこと。ただの自己満足が沢山蔓延っている現場もたくさんあった。

でも、それでも国連のインターンや、JICA協力隊というのは、あってしかるべきだと思っている。その国への貢献という目的ではなく、参加した自分自身を成長させる、変えるという目的なのであれば。これも、その場で時間を過ごし、その場で現地の人、国連の職員、JICAの人と話してみないと分からないことだった。

本当に貢献できているなんて、特にインターンや協力隊の人は思っていないと、僕は思う。本当に貢献するなら、まず国連職員のように、特定領域の修士や博士をもっていないと話にならない。社会人を少なくとも10年くらいはやっていないと、違う国の違う環境で同じ力は発揮できないと思う。

だから貢献なんてカッコイイ言い方しなくていいと思う。自分のためでいいと思う。

国連のインターンは、生徒の授業料から、協力隊は国民の税金を使って運営されている。だから、自分のためなんてふざけんなって思う人が居るのも当然だ。でも、そういう風に言う人達だって、少なからず学生の頃に学校や国から支援を受けていたはずだ。

日本は、他の国と比べて寄り道しないで進んでいくことが良しとされている。それは、特に海外をはじめ、学生が簡単にそういう経験をできるような方法が少ないから。ずっと生きてきた場所と違う場所で長く住む経験は、間違いなくその後の人生や価値観に変化をもたらす。

先日、ガイアの夜明けでJICA協力隊が特集されていた。こういう番組で取り上げられるということは、きっと応募者が減ってきているのだと思う。それは、社会からの負の圧力も影響していると思う。格差が広まると、こういうことにお金を使うべきではないと騒ぐ人が多いからだ。

でも、僕はそう思わない。貢献という目的ではなく、参加者の人生を豊かにするということが目的なのであれば、大人としてそこにお金を使ってもらうことに痛みは感じない。

人生の大きなきっかけはそう簡単に訪れない。だとしたら、少しでもこういう機会を残していけるように、国連のインターンとか、海外協力隊とか、そういう制度は残り続けてほしい。 

色々と話が飛んだけれど、石井ゆかりさんの星栞2026での文章から、自分を変えた12年前の大きなきっかけへと妄想が膨らみ、それとこの前みた協力隊の映像がリンクした。

2026年が楽しみである。