HONEST

猫好き・植物好き・ラジオ好きの齢32歳。日々の学びや気づきを、文章とイラストで自由に記録していきます。

2月28日 expression

土曜日、

 

 

最近読んでいる渡邉康太郎さんの著作『生きるための表現手引き』を読んでいて学んだことがある。それは、「expression」という言葉についてだ。

この意味はもちろん知っている。中学生くらいで習う英単語で「表現する」という意味だ。接頭語であるex-がつくと、外側に出ていくようなニュアンスがついて、他にもexitやexclaim、expectといった単語があるが、みんな外側に対して何が意識が向いていたり、内側から外側に働きかけるようなニュアンスを含んでいる。

ただこの本で学んだことは、このexpressionは意図的・能動的に何かを表現するという意味もあるけれど、どちらかというと、発露してしまう・意識せずとも外側に出てしまう、というようなニュアンスに近いとのことだ。

つまり、表現するということは、意図的に何かを考えて外側に対して働きかけるというよりも、自分の内側にあるものが勝手に外に出てしまう、に近いのだ。例えば、感動して涙が出てしまう、これはその典型例だろう。この話に触れた時、着想的にまた別の本を思いだしていた『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』(二宮篤人著 新潮社 2016)である。

この本は、そのタイトルの通り、東京藝大に通う学生や卒業生に対してインタビューをした著者が、その驚くべき思考、生き方、表現方法を紹介しているものである。この本の中で、ある人のエピソードが印象的であった。それは、東京藝大に入ったけれど、どうやら自分は芸術表現に向いていないと気が付いた、という卒業生の話だ。

昔から美術が得意で、ずっと美術系の大学に行きたいと思っていたという。そして、確かな技術を身に着け、東京藝大の入試も何とかクリアし藝大生になった。ただ、入学してみると、そこに居たのは、技術とかそういうものではなく、何かの衝動に駆られて表現してしまう学生だったという。つまり、「こういう絵を描こう」「こういう表現をしよう」ではなく、何かに突き動かされて溢れてしまうエネルギーを外に出さざるを得ない、そういう衝動に駆られてみんな表現している、という風に見えたとのことであった。何かずっと追いかけているテーマがあって、それをどういう風に表現しようか、というわけではなく、もう頭に浮かんでくるそれを表現せざるを得ない、というそういう感じだったようだ。

こういう何か強いテーマを持ち、まるで水源のように溢れてくる感情やイメージがあって、それをみんな噴水のように外に出している、そういう人たちが沢山いるのを目の当たりにした時、自分は芸術に向いていないと思ったとのことであった。

僕は、この一連の読書体験を通じて、同じ感想を抱いた。学生の頃までは、割と衝動に駆られて何かを表現することが多かった。でも、社会人になってから変わってしまった。正解を追求し続けるのではなく、みんなが納得いく結果に丸める、ということに重きを置いてしまっている。

何かを成し遂げること、それは追求と妥協との狭間での戦いであると、社会人歴が長くなれば長くなるほど感じている。追求し続けたところで、それが必ずしも成果に繋がるとは限らない。それよりかは、120点ではなく80点でもいいから平均点の成果を安定的に出し続けることが求められる。

求められることに忠実であろうとするとき、例え僕の中に何か強い衝動があったとしても、その衝動ではなく、他の意思決定者の意志を優先することで及第点の成果に繋がる。これを繰りかえすことで、僕の中にある燈火は消えていってしまうのである。

いま改めて転職活動をする中で、自分がやりたいことはなんだろうと、よく考える機会がある。そしてその答えがなかなか見つからないのは、約10年間大きな組織の中で働いてきて、自分ではなく組織の意図に合わせて答えを出してきたからなのではないか。

Expressionなんて、もう10年くらいできていないんじゃないか。綺麗事に聞こえるのは重々承知だ。でも、もう彷徨いたくない。そう考えた時、次の職場はどういう所であるべきなのか、というのをもう一度冷静に考えた方がいいのかもしれない。

人生は一度きり。ちゃんと表現しよう。