土曜日、

どうせ時間も労力も注ぐのであれば、やりがいや手触り感を大事にしたい。いま、改めて自分のキャリアを考える中で、新たに見えてきた方向性である。
現在私は、とある有名IT系企業のマーケティング部門で働いている。客観的に見たら、この会社の規模も、ITという業界も、マーケティングという職種も、とてもキラキラしたものに見えるのかもしれない。学生時代の僕は想像もしていなかったことだろうと思う。
どちらかというと、僕が本当に興味があったのは教育や音楽に関する仕事であった。間違いなく母の影響を受けている。彼女は美大出身で本業はデザイナーなのだが、小さい頃からピアノを習っていた関係で、むかし近所の子供たちにピアノを教えていたことがきっかけとなり、副業的にピアノ教室も開いている。ピアノ教室と自宅は同じで、僕が生まれる前から教室を開いていたから、僕は母が子供たちにピアノを教えているのをずっと見ながら成長してきた。当時は全く意識していなかったけれど、どうすれば子供たちがやる気になるのか、どうすれば音楽の美しさに興味を持つのか、こういったことが日々の何気ない会話の中に散りばめられていたのかもしれない。
中学高校大学と吹奏楽をやり、大学に受かってから最初に始めたバイトは塾講師と、やっぱり音楽や教育に強く影響を受けているようで、大学を休学して滞在していたカンボジアでも、現地の若者たちの社会参加を促進する教育プログラムや啓もう活動を主に行っていて、これがまた楽しかったのである。向こうの大学生たちとは週末にもよく遊んでいた。
では、なぜ今こんなキャリアを歩んでいるのか。兆しは既に高校の進路選択に時に見えていた。
デザイナーもピアノ講師も、これだけでやっていけるなんてほぼ不可能だ。シングルマザーの彼女がそれを実現できたいのは、深夜に働きに出て行っていたからであり、母の実家が零細企業ではあるけれど自営業だったこともあって、金銭的なサポートがあったからだ。そのことを近くで見ていたし、常に言われ続けていたから、音楽高校を選択せず普通科を選択した。更に大学選択の時も、教員の給料はとにかく低い、なのに重労働であるということが分かっていたから、教育学部を選択しなかった。
僕の興味があること、なりたいと思っていた職業や活躍したいと思っていたフィールドは、稼ぐのが非常に難しいと言われていた領域であった。常套句かもしれないが、やりたいことで稼げる人なんて、世の中の1%もいないのかもしれない。
海外、それも途上国で数年一人暮らしをしていた経験、TOEICがほぼ満点であったこと、これはいわゆる「学チカ」にはもってこいのネタであり、当時の就職活動はもはや楽しんでいた。でも、この武器は、本当に自分がやりたいことや興味があることを見えづらくさせることにも繋がっていたと思う。
社会人になって10年。ずっと大企業で働いてきて、ちゃんと賞与も出るし、昇給もある。自身の経済状況のベースが既に作られてしまった今、もう一度自分のやりたいことに立ち戻ってキャリアを一から作り上げていくことは、正直難しい。別に、草の根のNGOなどで活動したいとか、そういうわけではない。途上国に住んでみて、自分は一定レベルもしくはそれ以上の金銭的余裕がないと、精神的な余裕を保てないということも身に染みて痛感した。
さて、いま改めてこうやって自分のやりたいことを考えている時、一つずっと共通して言えることは、やりがいがあるか、である。
どれだけ給料が良くても、どれだけ福利厚生がしっかりしていても、どれだけ良い仲間に恵まれていても、自分がやっているこ都に対して、手触り感を伴ってやりがいを感じられるかどうか、そこが大切だと思っている。
音楽や教育といったフィールドは正直もう厳しいかもしれない。でも、これまで働いてきて、心から納得できたこと、夢中になれたことも数多くある。それはなんだったのだろうか、もしかしたら音楽や教育の概念をもう少し大きく広げてみて、例えば芸術、例えば誰かに影響を与えること、伝えること、こういうことに熱中できなかったか、そうやって考えてみたいと思う。
前から書いている通り、僕は非恋愛体質である。将来家庭を持つ可能性は極めて低い。自分の家族のために頑張る、という目的が持てないなら、やっぱり自分がやっていることへの納得感、そしてやりがいは一生意識していきたいテーマなのである。
急ぐ必要はないが、深く考えてみたい。