日曜日、

相変わらずで恐縮ではあるが、今日も音声コンテンツを聞いて思ったことを書いていきたいと思う。このブログで度々登場するポッドキャスト番組「ジェーン・スーと堀井美香のOVER THE SUN」を聞いて、僕が自分の過去を振り返って共感したことである。
今回の放送では、女性について二人が意見を交わしていた。独身の女性、結婚している女性、そして子供がいる女性。それぞれが抱える悩みに対して二人が意見を述べている。特に僕が思ったことは2つ。罪悪感からの解放と、子供への影響である。
正直今の子育てファミリーの実態は分からない。でも、美香さんが子育てをしていた時代、つまり僕が幼稚園とか小学生くらいの時代、特に晩御飯は家庭で作られるべきであるという考えが強かったと思う。
「申し訳ないんだけど、今日はデリバリーでもいいかな」とか、「今日ちょっと疲れちゃったから、晩御飯マックでもいい?」とか、そういう会話が僕の家でもなされていた。
”申し訳ないんだけど”とか”マックでも”とか、なぜか後ろ向きな言葉と一緒に、こういった発言はなされていたと思う。ただ、子供の立場から言わせて頂くと、むしろ大歓迎なのである。全然いいし、なんなら週1週2でも全然いい。子供は全く何も思っていないし、むしろ大歓迎なのである。
申し訳ないとか、そういう罪悪感は、むしろちゃんと準備することが出来なかった自分自身に対して申し訳なさだったのではないだろうか。確かに、妻であり母であるかもしれないけど、その前に一人の人間であり、それは母も父も子も平等である。誰かひとりが犠牲になったり、一人だけ否定的な感情を抱く必要はないのである。時代は変わったのかもしれないけど、そういう思い込みや囚われが少なくとも一昔前は強かったと思う。きっとそれが、日本社会で受け継がれてきた母・妻としての像なのだと思う。
そう思った時、ふと子供への影響を考えて少し戦慄を感じた。
番組の中でも話されていたけれど、一昔前、とくに田舎では男性がゴミ出しをしているだけで、むしろ妻側が咎められるような環境だったという。「あそこんち、旦那さんがゴミ出しやってるよ、どんな奥さんなんだろうね」と。さらに、妻が働きに出て行っていると、「きっと家計が大変なんだろうね」と、変な噂が流れることも多かったという。
女性が家事をやり、男性が外で働く。そんなこと誰が決めたの?って思うのと同時に、なんで今でもまだそういう考えが残ってるの?と疑問に思った。ただ、そういう親を見てきた子供が、また親になって繰り返しているだけなのである。
これは恐ろしいことだ。
全然家事育児に関わらない父、家庭で家事育児に奔走する母の下で育ったら、間違いなく子供も同じような価値観になってしまう。何なら、それで裕福な暮らしが成り立っていたら猶更である。これが正解だと思ってしまう。親から受ける影響は大きいのだ。
逆のことも言えて、もしこういう環境で育ったのであれば、男性は外で働き必ず高い給料を稼ぐ必要がある、という強い固定概念を植え付けられてしまうと思う。高い給料を得ることが唯一無二の成功なんて、誰も言っていないのに。こういう強い男性性みたいな考えに苦しむ男性も同時に多いのだと思う。
この観点で言うと、母子家庭という環境は良かったのかもしれない。男女とか親子供関係なく、その時に手が空いてる人が家事をやるのが当たり前だったからだ。同時に、働けるなら男女関係なく働いて稼ぐ、というのも当たり前だった。時代の最先端を行っていたのかもしれない(笑)
家庭の役割に縛られること、性別に縛られること、これは現在の問題に留まらず次世代へと繋がる問題になるのだ。それを考えたら、立ち止まる必要があると感じる人も少なくないだろう。
解放。古い価値観にとらわれた自分をアップデートしていこう。