日曜日

何気ない母との会話から考えたことを、今日は書きたいと思う。
母は、27歳の頃から副業としてピアノ教室をやっている。芸術大学出身だけれど美術専攻、決して音楽を専門的にやってきたわけではない。ただ、母が趣味でピアノを弾いていたのを聴いた近所の子供たちから、ピアノを教えてほしいと言われたことがきっかけだ。それから何回か引っ越したけれど、行く先々でピアノの需要があり、気づけばもう30年以上のキャリアになってしまった。
ただ、この4月で多くの生徒が卒業してしまい、そろそろ辞め時かなと話していた。そんな話から、当時の東京の話になった。大学進学を機に東京に出てきた母だけど、田舎出身の若者の典型的な過ごし方をしていた。学生時代はバイトと課題に終われ、専門職として就職したものの不安定な日々。お金も時間もなかったけど、周りにいつも助けられながらなんとか暮らし、やりたいことはやりきった、そういう20代を過ごしていたらしい。
そんな母の話を聞いていると、僕の20代は全然違ったと思ってしまう。
僕も大学進学を機に東京に出てきて、初めて私立の学校というものに通い、まず大きなカルチャーショックを受ける。僕が通っていたのは、幼稚舎からある大学で、周りには内部進学生が沢山いた。数か月彼らと一緒にただけで貯金は一気に減ってしまい、一生懸命勉強して入った結果がこれかよ、と落胆したことを覚えている。それから数か月の闇期を経験して、吹っ切れた。周りに合わせるのではなく、自分のやり方でやればいい。気が付いたら同じような人が周りに溢れていた。ただ、いつも僕の根っこにあったのはお金がないということ。バイトを3つ掛け持ちしても、全然楽にならない。飲み会、インカレも、留学もしたい。またバイトをする。そしてお金がない。実家から通えていたこと、それが唯一の救いだった。
ただ、この「とにかくお金を貯めなきゃいけない」という考えは、社会人になってもこびれついてしまっていた。というよりも、小学生の時に単親家庭を経験した時から、ずっとお金についてはコンプレックスがあって、とにかく貯金をしなければいけないという強い固定観念に支配されていた。
だから社会人最初の5年間くらいはお金を貯めることに必死だった。どこを切り詰めればいいのか、一番減らせたのは食費で、そうなると飲み会にも参加しなくなる。スーパーで食材を買って自分で作ったほうが全然安いからだ。そのまま気がつけばコロナ禍に入り、そして今に至る。前職をやめた時に出た退職金で大学4年間の奨学金は全部返済出来て、やっと借金がなくなった、と思った時には、周りとの関係性も希薄になっていた。
僕にとっての20代は、いつも「お金がない」と思っていた結果、多くのもの失ってしまった20代だったと思う。今でも、大きなお金を使うことにはものすごいストレスがある。やはり若い時に培った価値観や劣等感は、その後も大きく残るのだ。
ただ、30代になって思うのは、やっぱりお金じゃないということ。そして30代になればお金は稼げるということ。ただ、お金を多く稼ぐということは、その分労働に身を割くということだから、体力的にも気持ち的にも遊びや趣味に対してエネルギーを使うほどの余裕がなくなる。
いま、次のキャリアをどうしようかと考えているこのタイミングでは、正直何か新しいことを始める気持ちの前向きさが欠けてしまっている。そろそろ次を決めたいところだ。
新社会人。実家が太いとか、大手コンサルとか外資とか、そういう所に就職できた人はお金には困らないだろう。ただ、世の中の大半がそうじゃないと思う。おじさん臭い説教なんかしたくないけれど、20代に言いたいことは、ちゃんと普通の会社で働いていれば30代でお金は溜まっていくから、20代はやりたいことに素直になったほうがいいということ。20代の体力、時間は一生戻ってこない。でもお金はあとで稼げる。
4月も半分を過ぎて、気がつけばもうすぐゴールデンウィーク。お金もないしなぁと思っている20代も大半だと思うが、やりたいことのためにとことん使い倒してほしいと思う。
僕も頑張ろう。