水曜日、

今日は、この連休中に聴いたAudibleコンテンツを通じて着想的に考えたことを書いていきたいと思う。
そのコンテンツとは、恩田陸さんの小説『蜜蜂と遠雷』である。実は過去に1回読んでいるのだが、その時は新卒1年目だったこともあり、内容を楽しめるほどの精神的余裕がなかった。自分もピアノをやっていたから強く興味をそそられた作品だったのだけれど、小説の長さも相まって楽しめなかったのである。
そんな小説が、このゴールデンウィーク前のタイミングでAudibleでリリースされたのである。頭を空っぽにできるこのタイミングでもう一度鑑賞するのには持ってこいである。上下巻に加えてスピンオフ版の『祝祭と予感』も合わせると3冊なのだが、あっという間に聞き終えてしまった。
この小説では、日本で開かれた国際ピアノコンクールを舞台に、若きピアニスト達のそれぞれの人生模様が垣間見える構成になっている。主要登場人物のマサル、あい、じん。この3人に共通するのは、それぞれが音楽の才能に溢れた天才ということである。ただ育ってきた環境が全く違う。
マサルは早くから才能を見出され、その才能を丁寧に磨き上げてきた。
あいは天才少女として一躍有名になり、コンサートピアニストとして早くにデビューするも、母親の死をきっかけに一度は表舞台から降りてしまった。
そしてじん。彼こそ才能の塊、というよりも神童。他の2人のような指導を受けていないにも関わらず、その耳の良さと音楽性からコンクールでの話題を掻っ攫う存在。
舞台となった芳ヶ江国際ピアノコンクールでは、マサルが1位、あいが2位、じんが3位という結果になるが、作家の恩田さんがこの順位にしたことに対して、僕は2つの意味を感じた。
まず一つは、努力に勝る才能はないということだ。どうしても、芸術分野に関しては生まれ持った才能は大きいだろう。ただ、才能は持っているだけでは意味がない。磨きすぎて本来持っている輝きを失ってしまうこともあるけれど、やっぱり磨き続けることで才能はより輝きを増すのだと思う。3人とも才能に恵まれた人物だけれども、このコンクールのタイミングまで愚直に最も努力を重ねてきたのはマサルだと思う。小説の中でも、マサルは語っている。あいやじんが持っている溢れ出てくるような音楽性を自分は持ち合わせていないと、と。この二人のような演奏は、まだまだ自分には出来ないと。ただ、だからこそ人一倍の努力をし続けた結果としての堂々の1位だったのだと思う。
そしてもう一つは評価されることについて。この小説の中で最も異様な存在として描かれているのが、じんである。自分のピアノも持っていなければ、コンクール直前や期間中も特に必死に練習する様子もない。ただ、彼は心からピアノを弾きたいと思っていて、コンクールに出た理由も、もし入賞したらピアノを買ってもらえるから、という理由だ。国際コンクール初出場で3位に入賞するという、現実ではあり得ない設定なのだけれど、彼を通じて著者が言いたかったことは、音楽の意義なのではないか、と思う。
彼は天賦の才があり、どうすればピアノがもっと元気な音を出してくれるのか、こういったことが感覚的に分かってしまう。まるでピアノと対話しているというか、文字通り音を楽しんでいる。印象的なのはピアノの調律のシーン。ここのところをこうすると、もっと豊かな音が鳴るよ、そう言って調律師に伝えると、本当にそうなるのだ。ピアノが喜んでいる姿を見て、彼は心の底から喜んでいるようだった。
上手く演奏するとか、そういうのは関係なく、音を解放してあげる、何かこう凝り固まったところから音を連れ出してあげる、彼はそういう表現をしていたけれど、そのためにピアノを弾いているようであった。
そんな彼に影響されたのがあいだ。小さい頃から常に人前で評価され続けた彼女は、心から音を楽しんでいる彼の演奏によって、これまで抱えていたあらゆる葛藤を解放することができたのだ。戻ってきたわね、審査員の2次予選の彼女の演奏を聞いてそう感想を述べている。
プロの芸術家として生きていく以上、その演奏や作成したものが評価されるのは当たり前である。もっと広く捉えてみれば、勉強だってそうである。入試が最たるものだろう。ただ、評価されることが目的になってしまうと、あいがそうであったように、すぐに終焉がやってきてしまう。
考えてみれば入試だってそれが目的ではなく、その先にある自分が学びたいことを追求するための手段に過ぎない。コンクールも、自分の音楽性を追求できるようなより良い環境や、もっと音楽と向き合うための資源を獲得するための手段に過ぎない。評価されることを目的にしてしまうとそれ以上進めないのである。小説の中でも、加点を意識して練習を積み重ねてきた米国代表のピアニストが2次予選で敗退してしまった。この展開からも、著者の意図が読み取れるような気がした。
音楽も勉強も、それからキャリアもそう。何かしらのアウトプットや成果を求められる世界では、常にそこに評価が存在する。だから辛いし、ストレスが溜まる。そういう時は、この小説のじんが教えてくれたように、その先にあるもの、まるで自分の心から噴水が溢れ出るように魅力に感じること、楽しいと思えるもの、強く惹かれること、こういうものに耳を傾けてみようと思った。
素晴らしい小説に出会えたことに感謝する。