HONEST

猫好き・植物好き・ラジオ好きの齢32歳。日々の学びや気づきを、文章とイラストで自由に記録していきます。

8月1日 朝

土曜日、

 

 

やっぱり僕は朝が好きだ。

ここ一ヵ月、自分だけのサマータイム制を勝手に導入している。と言っても別に大きく何かを変えただけではなく、30分~1時間くらい起床時間を早くしたのである。

理由はただ一つ。快適に走りたいからだ。

ちょうど先週の3連休明けくらいだったと記憶しているが、朝からひどく暑かった日が3日間くらいあった。でも暑いからといってランニングをやめてしまうのは、なんだか違う気がしていて、それなら快適に走れる時間に走ればいいだけの話なのである。

いつもであれば6時半~7時くらいの間に走るのだが、7月からはうまくいけば6時にランニングをスタートできるように調整している。あの暑い数日間もそうだった。確かに暑かったのだけれど、別に走れないというほどでもなかった。

少し驚いたのは、そう考えていたのは僕だけじゃなかったということ。7時前くらいに見ている街の様子と、6時過ぎに見る街の様子がほとんど変わらなかったのだ。つまり、早朝ランナーは僕のようにみんなもっと早起きをして走っていたのである。今の家に越してきたからずっと朝ランニングを続けているから、もう朝走っている人達もなんとなく顔を覚えているのである。見たことある人達がランニングをしている様子を横目に、僕も負けてられないと気合が入る。そのせいか、いつも1周しかしていない公園を2周、2周しかしていない公園を3周と、普段よりも多く走ってしまう。結局それでかなり疲れてしまうのだけれど、別に悪い気はしない。まだ7時にもなっていない、そんなちょっとした優越感と達成感が、僕の疲れを吹っ飛ばすのである。

サマータイム制を導入してもう一つ変わったことがある。それは働き方だ。

朝早く起きるということは、その分早く寝なければいけない。早く寝るためには、早く筋トレを終わらせる必要があり、そのためには早く仕事を切り上げなければいけない。

僕は凝り性な性格で、時間があればあるだけ仕事をやってしまう。こだわってしまうのだ。もちろん仕事量が多ということもあるけれど、それと同時に、まだできる、まだできると眠気が来るまで、体力の限界が来るまで仕事をし続けてしまう癖がある。

しかし、それをきっぱり「〇時まで」とタイムリミットを決めるようしたのだ。仕事が終わってなかったとしても、協力会社から連絡が来ていたとしても、一定の時間を超えたら終了。早起きして走り終わった後にやればいいのである。

さらにこの暑さで走っているから、しっかり寝ないともたない。睡眠時間を削らずに早起きをするには、単純に早く寝ればいいだけ。そこを中心に生活リズムを変えたのである。

先週、今週と、飲み会が結構な頻度入っていて、そうなるとどうしても朝起きる時間が遅くなってしまう。でも、もうすぐ退職する自分にとっては、どちらが大事なのかというと飲み会である。だから、そういう時は仕方ないとして、それ以外の日でサマータイム生活を送ればいいのだ。それくらいの緩さがないと続かない。

今日から8月。むしろここからが本番だ。サマータイム制、おすすめである。

7月26日 家探しの理由

日曜日、

 

 

ついに良い物件を見つけた。本当のところ、家賃はもう少し抑えたいところではあるけれど、暮らしていけないなけではなさそうだ。ここ1カ月くらいずっと家探しをしてきた中で学んだこと。それは、今の時代、都内23区内の1LDKで、それなりの広さがある物件となると管理費なども含めて15万円以上に設定しないと物件がないということ。

築年数が古い、駅から離れている、主要路線から外れている、23区でも北や東側の方であれば安くて広い物件があるにはあるけれど、たぶんハッピーじゃないと思う。だから多少値が張っても都心で暮らしていたいと思うのである。

それであれば別に家探しをしなくてもいい気もしてくる。なぜなら、今住んでいるところは立地としては最高過ぎるからだ。それでも家探しをしているのは、僕は住居にこだわりがあると改めて感じたからである。

僕は本当は出不精の人間で、おうち時間が好きな人だ。だから、家探しには妥協したくない方である。考えてみたら、海外に居た時もそうであった。自分の周りの人が割とすぐに即決していくのに対して、僕は2倍3倍くらいの時間をかけていた。カンボジアでの家探しも何個も物件を回って決めたし、フィリピンでもそう。高いお金をかけてでも、環境の良い空間を求めて決断したのである。

日本に帰ってきてすぐに社会人になり、それからずっと東京で一人暮らしをしているけれど、広い家に住んだことは一度もない。自分の年収を考えたらそりゃそうだろうと思うから、ずっと憧れのままでいる。ただ、今回また人生を再スタートさせるにあたって、このままずっと憧れでいいのだろうかとも考えていたのだ。

その大きな理由は、僕は家にピアノを置きたいのだ。集合住宅だからヘッドホンがつけられる電子ピアノになるけれど、アップライトのピアノを置きたい。そして自分で音楽する時間を楽しみたいのである。

昨日も書いたけれど、この4年間、まるでロボットのように働いていた。心を亡くすと書いて忙しいと書くけれど、本当に心を失いかけていたと思うこともしばしば。ただ、それでもまだ人間でいることが出来たのは、僕には音楽があったからだと思う。

別に音楽のトレンドに詳しいとかそういうことではない。ただ、心が、体が自然と音楽を求めていて、各種音楽プラットフォームでは気づかないうちに最新チャートをチェックしていたり、あらゆるジャンルの人気曲・最新曲を国問わずチェックしていたりする。InstagramもTiktokも気が付いたら音楽コンテンツばかりがレコメンドされている。

ジャンルも言語もアーティストもバラバラだけれど、こうやって毎日触れる音楽が僕を支えてくれているのだと思った。そしてそれと同時に、また再び音楽をやりたいと思う気持ちが沸々と湧いてきたのである。

3歳から続けていたピアノ、中学から大学までやっていたサックス、この2つ新たに始めたい、そう思った。二つとも大きなブランクがあるけれど、だからこそ新鮮な気持ちで始められるのではないか。

引越しはお金がかかる。今住んでいるところもつい最近2年更新が来たタイミングだ。家具の購入とかを抜いても80万円くらいかかりそうだ。でも、やりたいことをやってもいいのかな、とは思っている。

まずは来週内見。今の所よりも家賃が上がるから、それに値する部屋かどうか確かめたい。本当は先行契約の物件らしいけど、良い不動産屋に出会って申込でOKとしてくれた。このご縁も大事にしたいところだ。

 

7月25日 人間として生きる

土曜日、

 

 

最終出社日まで、残り1ヵ月を切った。後続体制が決まっていないとかで、上司からはチームへの開示をまだ口止めされている。

「中間管理職の私がいなくなります、以上」

これだけでは、残されたメンバーは確かに混乱するだろう。ただ、もう1ヵ月切ってしまったのである。間違いなく人事体制の構築に時間がかかると思い、次入社する会社にお願いをして入社を1ヵ月先延ばしにしてもらったのに。これじゃあまったく意味がない。少なくとも7月中にはどうにか告示させて頂きたいものである。

一方で、自分のチームメンバーではない同僚で、親しくさせてもらっている同僚には少しずつ報告し始めている。本当に不思議なもので、一人に伝えると二人、そして四人と、どんどん漏れていくのである。知らないのは身内だけ、みたいになるのは避けたいのだけれど、、、。僕が辞めるということを聞いた人からは、それとなく連絡が来て、みんな一様に「ちょっと飲みに行かない?」と連絡が来る。もうこの突然の連絡で勘づくのである。これは、悟られたな、と。

でも本当にありがたい。そうやって声をかけてくれるだけ幸せ者である。そんなこんなで、基本あまり飲み会に参加しない僕が、今週は3回も飲み会に参加したのである。でも、総じてとても楽しかった。こういうシークレットな話なので基本はサシ飲みだから、話したい事をちゃんとゆっくり話せる。僕は飲み会が嫌いなのではなくて、大人数でガヤガヤしているのが嫌いなのだ。

話している中で、3人とも共通して伝えてくれることがあった。それは、

「やっと誘えたよ」という言葉である。どういうことか。

今年に入って落ち着いてきたけれど、特に2023年から2025年冬までの約3年間、僕は本当に仕事にかかり切りであった。もともと器用な方ではないし、体力も人並み。だから仕事が山ほどあると、それ以外のことは目に入らなくなってしまうのである。

「正直、本当に話しかけられないオーラがあった」

「感情を失くしたロボットみたいに働いてたよね」

「これ、このままだと本当にまずいって話してたんだよ」

衝撃的な言葉が並んだ。そんな風に思われていたのか。でも、自覚はある。人が足らなくて、組織もコロコロ変わって体制も仕組も整っていなくて、そんな中でリーダー兼マネージャーをやる。寝ても覚めても年が暮れても明けても仕事であった。

思考停止。この言葉がしっくりくる。まるで自分の脳みそにAIが埋め込まれていて、人間としての思考をやめてしまった感じ。

昨年に育休からマネージャーが復帰して、少しずつ彼女に仕事を戻していく中で、今年に入ってようやく余裕が出てきた。その時に改めて気が付いたのだ。

このままではいけない、と。

お金は手に入った。32歳という若さでリーダーもマネージャーも出来るという貴重な経験も手に入った。だけれども、趣味や人との繋がりや、人間としての心を失ってしまっていたのかもしれない。死ぬまで今の会社で働けるならいいけれど、このままだと定年を迎えた先に待っている未来はない、そう思ったのである。

今の会社で働いて4年。後悔はない。こういう働き方、辛いとさえ分からなくなってしまうくらい麻痺してしまう働き方、これを経験したからこそ、やっぱり人生そうじゃないということに気が付けた。

ここから僕の人間としての人生が新たにスタートするのである。

 

 

 

 

7月20日 天井の高い家

日曜日、

 

 

「天井が高い家っていいわね」

少し前のダイワハウスのCMである。竹野内豊さんが出ているCMで、本当は天井が低くて狭いところが大好きなのだがそれを隠している。妻からの「天井が高い家にして本当によかったわね」という問いかけに対して、「そうだな」と答えながら、頭の中ではそう思っていない。この本音と実態のコントラストから、視聴者に対してダイワハウスの新しいブランドは天井が高い家であることを認知させる仕掛けになっている。

このシュールな感じが堪らなく面白いのだが、まさに昨日「天井が高い家っていいなぁ」と思った出来事があったのだ。

以前から書いている通り、僕は今部屋探しの真っ最中である。必ずしも引っ越す必要があるわけではない。次の職場も全然通えるし、立地的には最高過ぎる場所に住んでいるからである。

しかしとにかく狭いのである。知っている、家にミニ筋トレジムを開設しているからいけないのだ、ということを。しかし、もしそうしなかったとしても寛ぐスペースはほとんどない。一人用のソファの上くらいしか寛ぐ場所はない。

次の職場は、現職と大きく異なり、無制限に在宅ワークが出来る。酷暑の日、極寒の日、台風の日、体調が優れない時、基本的には在宅ワークになると思う。だから、もっと広いスペースを確保し、仕事とそれ以外との空間を分けたいのである。

そうなると、一人暮らしてでも最低35平米くらいは欲しい。これが難しいのだ。もちろん家賃の上限を取っ払えば何も問題ないが、そんなわけにもいかない。職場にもアクセス良好で都心にも近く、家賃も予算内となると、本当に片手くらいしかヒットしないのである。しかも、どれも先行契約・申込の物件で、ほとんどが内見しない状態で決まっていく。

そんな中でも唯一これは一度見てみたいと思える物件があった。しかも、内見がちょうど出来るという。行くしかない。そう思って思い切って内見に行ってみた。

結果、狭い。確かに平米数でいうと広いのだ。ただ、天井が低いのである。

建物自体は14階建てというかなり高いマンションなのだが、部屋の天井が狭い。なんか圧迫されている感じがする。それ以外の設備は申し分ないのだが、どうも天井が低い。

違ったか、、、、そう思って家に帰る。すると、今の我が家が広く感じたのだ。家具も置いてあるのになぜ。

答えは明らかだった。天井が高いのだ。3階にも関わらず、部屋の中には地下収納とロロフトがあるから天井が高いのだ。平米数は30平米もないのだけれど、これが影響して広く感じるのだ。圧迫感がない。

「天井が高い家っていいなぁ」

しみじみ思ってしまった。

せっかくの人生のモラトリアム期。引っ越す以外にもやりたいことはいっぱいある。もしかすると、今ではないのかもしれない。リサーチが判断が多い日々を送っていて、頭だけが疲弊している。

でも、これだけは思考がクリアだ。

「天井が高い家っていいわね」

 

7月18日 予定

土曜日

 

 

毎週末に予定が入っている人がいる。本当に、尊敬する。嫌みとか別にそういうのではなく、自分にはまねできない。

毎週誰かと晩御飯や飲み会に行く人がいる。一週間の中で複数回飲み会がある人もいる。本当に、尊敬する。もし1週間に2回以上飲み会があったら、僕はどちらかは必ず断るようにしている。

靴を履かない日を作る。僕の母もそうなのだが、1週間の中で全く外に出ず予定も何もない日を作る、これが僕の理想だ。だいたい週末になるのだが、だから毎週末何かしら予定がある人は本当にすごいと思う。誰にも会わずに一人になる、そういう時間がないと僕はストレスで爆発してしまいそうになる。

予定を立てておくことが苦手だ。夜、仕事が終わってから誰かと外で一緒に過ごす。この予定が入っていると、なんだかその一週間頑張ることが出来ない。土日も同じで、なんだかソワソワしてしまう。

だからこそ、本当はおうち時間を充実させたいのである。前にも書いたけれど、コロナ禍は僕にとって全く辛いものではなかった。むしろ、快適にさえ感じていたのである。

それが今住んでいる家は本当に狭くて、正直寛げる感じがしない。仕事用の大きな昇降式デスクと、筋トレセット一式を置いたらもう何もスペースは残らない。まったくくつろぐスペースがないのである。

分かっている。山手線沿線で一人暮らしをすると、広さは犠牲にしなければいけないのだ。普通に稼いでいても、このエリアで広い家に住むには誰かと同棲するほかない。でも、それは僕の性格上難しい。

前から書いているが、いまずっと家探し中である。なかなか理想の家に出会うことは難しい。都心からのアクセスや利便性も大事だけれど、やはりおうち時間が充実できるほどの広さがないと、僕は厳しいと思った。

明日も内見である。

 

 

7月12日 目👀

日曜日、

 

 

社会人になって今日初めてサングラスを購入した。

といっても、俗にいう黒いサングラスではなく、べっ甲柄の縁のまるでメガネのようなサングラスである。UVカットだけではなくブルーライトカットもしてくれる優れものだ。太陽の光に反応して若干レンズが暗くなるくらいだから、仕事にもつけていけるのが素晴らしい。

最近目が乾くのである。一番年齢を感じ始めた体の部位かもしれない。

毎日目薬を持ち歩き、ことある毎に目薬を差している。コンタクトレンズがいけないのかもしれないが、大学生の頃からずっとつけていても何も問題は起きていないし、ワンデーだから目の負担も小さいはずだ。それにも関わらず、朝起きた時に目がゴロゴロする感じ、そして本を読んでいてふと上を見上げると霞んでいるような感じがする。だいたい夕方6時を回ると、パソコンのスクリーンの文字の数が倍になって見えてくる始末。霞んでいるのだ。そんな状態なのに、基本毎朝ジョギングをしている。目を使いすぎているのかもしれない、この年齢の割に。

そこで初めてのサングラスを購入した。これが良い。本当に良い。夜になってからの目の疲れが全然違うのである。目の老化は逆らえないけれど、老化進行を遅らせることはできるはずだ。これから毎日つけたいと思う。

一方で、だ。目の老化は、必ずしも悪いことばかりということでもないみたいだ。

ここ数日は物件探しの真っ最中。僕が、これいいなと思った物件はだいたいまだ居住中のものがほとんど。だから、自分でその物件に行って外を見て見たり、その街を散策したりしている。

4年前に今の街に引っ越してきたときと比べて、明らかに僕が求めるもののレベルが上がっている。この4年間で、この街で過ごしてきて見てきたことが蓄積されているから、そう簡単にはなびかない。前提、今住んでいるこの街が本当に大好きだから、この街を超える以上のものがないのだ。

この街にいたまま、もっと広い部屋に住めればな、、、というのはもう諦めて、広い部屋に住むことを最優先に、都内のあらゆる街にここ最近は繰り出している。その時に見る景色に対する自分の反応が、4年前のそれとは違っていて興味深い。

この目を通じて記憶してきたもの、それが材料となって判断している。目の老化は止まらないけれど、それに伴って自分の中には記憶と知層が増えていく感じがして心地よい。

目は大切だ。

 

7月11日 風月堂に告ぐ

土曜日、

 

 

とあるラジオ番組を聞いていて、高校生時代のエピソードを思い出した。今日はそれについて書きたいと思う。

そのラジオ番組とは、ジェーン・スーさんと堀井美香さんの「オーバー・ザ・サン」である。番組の中盤あたりでプレゼントやお土産の話になり、スーさんからゴーフルについての見解が出された。

「もうちょっと小さくていいから、中のクリームの量を増やせよ」

激しく同意。激しく同意しすぎて高校生時代のエピソードを思い出してしまったくらい、それくらいの同意だった。ゴーフルは、風月堂のお土産として有名である。老若男女問わず知られているお土産だ。ただ、美味しいかと問われると、いいえである。まずくはないけれど、美味しくはない。

うっすいし、パサパサするし、お金かかってないんだろうなと思ってしまう。誰かがお土産でゴーフルを買ってくると、「ああ、そうだよね、この人数に配ってるんだもね、ありがとう」となってしまう。

スーさんが言う通り、あの直径の半分くらいの大きさでいいから、中身のクリームをリッチにした方が良い。そうすれば、もらって嬉しいお土産になるのだ。風月堂さん、届いているかな?

と、このエピソードを聞いて思い出したのが、まるごとバナナである。コンビニスイーツの中で、コンビニ各社のブランドではなく、山崎製パンが生産しているスイーツだ。多くのコンビニに置いてある定番のスイーツである。

僕は高校生の時、このまるごとバナナが大好きであった。部活を頑張った日、テストが終わった日、そういう日のご褒美として「まるごとバナナ買ってきておいて」と母に頼んでいたのを覚えている。

ところがだ。このまるごとバナナ。半分食べると、もういらなくなってしまうのだ。お腹がいっぱいなのではなく、飽きてしまう。バナナとクリームの濃厚さが1本だと多いのである。

そう思っていた人は他にも居たようで、当時同じ部活で同じ楽器を担当していた同期の部員も、全く同じことを言っていた。当時から「これ、半分サイズが販売されたら絶対もっと売れるのにね」と二人で話していたのを覚えている。

それが聞こえたのかどうかは分からないが、なんと現在は、「ミニまるごとバナナ」が販売されているのである。きっと、他にもたくさんいたのだろう。

この、ちょっと工夫したらもっと売れるのにというスイーツは、案外たくさんあると思う。

山崎製パンにできて風月堂に出来ないわけがないではないか。風月堂さん、あんなに大きくなくていいから、半分サイズでクリームを増やしたやつを販売してください。