HONEST

齢31歳。音声コンテンツ好きの僕が、日々の学びや気づきを、文章とイラストで自由に記録していきます。

3月18日 元気な理由

月曜日、

 

 

週の始まり月曜日は、エネルギーがフルチャージされた状態だから、非常に元気である。月曜日が憂鬱という人がいるけれど、どちらかというと僕は逆で、金曜日の方がしんどい。

毎日やっている英会話でも、最初の挨拶として聞かれるフレーズ

「調子はどう?」「今日どんな感じ?」「元気にしてる?」

こういった質問に対して、多くの場合、まだ月曜日だから元気ですと答える。そういうと、たいていの講師はビックリする。

でも、今日の元気さはそれだけじゃない。

朝ランニングから帰ってきたら、管理人さんが共有スペースの中庭を掃除していて、僕に大きな夏みかんを手渡してくれた。

大きさ、重さ、そして香り。

 

なんか幸せだ~と思って1日が始まる。

 

これこそが元気の源、元気の理由である。

 

3月17日 懐かしいってどういうこと?

日曜日、

 

 

懐かしい味、懐かしい曲、懐かしいCM、懐かしい場所、、、。だれにとっても懐かしい〇〇って必ず存在していると思う。そして、多くの場合、その懐かしさを通じて思い出しているのは、自分の印象に残っている過去なのではないだろうか。

その過去には、家族や友人、他にも色々な人が関わっていると思うけど、その過去を懐かしいと思うのは、自分自身だけ、つまりとても個人的なことなのだと思う。

個人的なこと、というのは、私自身、あなた自身にしか分からない思いや感情で、だれかと分かち合うというものではない。

昔を思い出して「懐かしい」という風に回想する時、もちろんそこにはあまり悲観的な雰囲気はないと思う。だけど、ハッピー、ポジティブだけかと言われると、決してそうでもないと思っていて。

ある曲、ある番組、ある食べ物から懐かしさを感じる時、どこか昔自分が抱えていた寂しさ、悲しさ、悔しさ、無力さ、焦燥感、強がり、みたいな過去とも結びついていると思う。そして、こういった自分の弱さや、当時の葛藤に飲まれてしまった場合、そこにはきっと懐かしさは感じない。

こういった逆境に対して、もがいた結果、なんとか乗り越えられたっていう結果としての今があるから、現時点から逆算したその地点を、懐かしいねぇって思えるのだと思う。

と考えると、私たちはこの懐かしさに支えられている、とも言えないだろうか。

懐かしさを感じる時、うしろめたさを感じる人は少ないはずだ。むしろその逆で、当時を思い出した後で、「明日からまた頑張るか~~」という感情になっていないだろうか。

だから、懐かしいという感情は、私たちの心をくすぐる。訴えかけるものがあるのだと思う。

そして共感を巻き起こすのだと思う。

 

今日たまたま読んだ雑誌『ブレーン』の4月号で、企業の広報担当やクリエイティブ担当が選ぶ、印象に残っているCMソング、みたいな特集があった。

 

うっわ、懐かしい~~~~~~~の嵐だった。

 

それからちょうど、石崎ひゅーいさんのラジオ『気になる世界の身になる話』で、どの曲も昭和風に変えてしまうというアーティストさんがゲストに出ていて、これまた「于わぁ懐かしい、、、、」と思ってしまった。

 

こんな感じで懐かしい気持ちに触れた週末。でも、本当は、いま取り組んでいるWeb CMでも追及しているテーマ探しでもあった。

まさに、懐かしさと共感をどうやって表現するか、がテーマとなっている。

上述の通り、懐かしいという気持ちは、1人1人違うとても個人的なものだから、そこに響くと、とても印象に残るし深く刺さると思う。でも、だからこそ難しい。

 

懐かしいという感情を分解すると、どうやって周囲を共感させるかということのヒントが見つかりそうな気がした。

 

3月16日 声は嘘をつかない

土曜日、

 

 

昨今は、若者を中心にテレビ離れが進んでいるという。それはとても納得。例えば、僕。今の家に引っ越してきたのは2年前。その時、一応、前の住処からテレビは運んだけど、梱包した段ボールからは出さずにここまで来ている。

そう、もう2年間テレビは見ていない。それでも全然生きていけるし、情報に追いつかないなんてこともない。結構僕の周りにもテレビは全然見ないという人が多く、むしろこっちの方が当たり前に感じている。

ただ、一個だけ違う。それは、僕の情報伝達経路は、主に音声メディアであるということ。

YouTubeInstagram、XやTiktok、こういったものは今の僕の仕事に直結するから、もちろんチェックしている。何なら、日本だけではなくて、中国やアメリカのSNSまで、アップルのアカウントを一時的にバグらせてアプリをインストールしていたりする。

それでも、あくまでそれらはアプリであって、信頼している情報源ではない。

 

今ちょうど、これから春にかけて仕事で起用していくインフルエンサーを選定している。来週月曜日早々に、その選定を終えなければならず、今日もいくつか基準をつけて候補のインフルエンサーをチェックしていた。

 

Instagramでフォロワーが〇〇人、YouTubeでは〇〇人、この人はXもやっている。動画の平均視聴回数は〇〇回で、フォロワーの属性は△△。

知っているインフルエンサーが何人も候補になっているけれど、いまいちしっくりこない。

映像を使った発信、確かにそれが良い場合もある。でも、僕にとって映像というのは、集中を妨げるものになってしまうことが多い。

多くのインフルエンサーがPR案件をやっている。彼らはそれをやらないと食っていけないし、僕らみたいな依頼者がいるから、別にそれを否定しているわけではない。

ただ、本当にそう思ってる?みたいに思えることが多々あって。そう言う時に、映像がや絵が入ってきてしまうと、そっちに目が行ってしまって、なんだかよく分からない状態になる。

 

一方で音声は違う。ラジオをイメージしてもらうと分かりやすいかもしれない。絵も映像もないから、声で伝えるしかない。何を語っているか、そしてそのニュアンスと熱量で、声が成立している。

「見てください、この量!」と言ったところで伝わらない。そして、本当に感動しているかどうかは、ボリューム、間、言葉遣いで伝わってくる。だから聞いているリスナーは気になって、没入してしまうのだと思う。

これは、PR案件に限ったことではないと思う。

ラジオやポッドキャストにお悩み相談コンテンツが多いのは、これが原因していると思う。気持ちが伝わるメディアとして、ラジオはぴったりだと思う。

 

今日もラジオを聞いていた。

趣味について、無性に語りつくす番組。

被災地での取材を声のブログ(Voice blog)として届ける番組。

3人で形のない、答えのないテーマを語りつくす番組。

共通するのは、リアル感と熱量。

だから濃いファンが付く。

 

僕個人としては、こういう人々の方が、生活者には響くと思うんだけどな。

 

動画クリエイターとしてのインフルエンサーを採点しながら、Voice mediaクリエイターのコンテンツを楽しむ、そんな1日であった。

 

3月15日 1週間

金曜日、

 

 

撮影が入ると、1週間があっという間だ。

正直、気がついたら寝ていて、気がついたら朝で、気がついたら夜になり、気がついたら、寝ている。

1週間お疲れ様でした、がまだ言えるくらいの余裕はありそうだ。

が、今日はこれにて。

 

皆様良い週末を。連絡が来ない週末は、SQLを書いたり、クリエイティブを編集したりするにはぴったりだ。

 

3月14日 雑談

木曜日、

 

 

僕のチームには、基本的には在宅ワークのメンバーが1名いる。

会社のルール上は出社奨励なのだけど、例外がある。その例外に当てはまっており、在宅なのだ。

約半年ぶりくらいの対面。やっぱり直接会うと、ついつい話が進んでしまって、気がついたら無駄に数十分話してしまう。

でも、こういう雑談が距離を縮めるんだよなぁと。

無駄な雑談は、1つもない。

 

 

3月13日 自己満から始まる

水曜日、

 

 

久々の感覚。CM撮影の話である。

グローバル展開をするようなブランドだと、会社にクリエイティブディレクターが存在していることが多い。今務めている会社もその一つで、どのプロモーションにおいても、グループ横断で一人の人が最終監督に入っている。

 

こういう人が居ることのメリットは、統一したブランディングイメージを作り出すことができるということである。会社が大きくなればなるほど、多くのサービス、多くの部署がある。それぞれがやっていることはバラバラだけれど、一つの屋号の下で事業を行っている。

そういう時に、会社全体、グループ全体で、対顧客・対生活者に対して共通のイメージを作っていけるという点は、大きなメリットだと思う。

 

一方でデメリットもあって。それは、鶴の一声現象である。もちろん、細かく、こうしろ、ああしろみたいなことは言わないけれど、こういう方向で、こういうテイストで、と言われると、それに逆らうことは非常に難しい。

 

ただ今作っているCMは、この人の監督外にある。これまでは、本当に分かりやすさだけを重視して作ってきたけれど、今回はそこに感動や共感を入れ込んでいる。

正直、この会社に入ってからは、こういうCM制作を担当できていなかったから、久々のテイストにワクワクしている。

 

そして今日はその撮影日。山奥でのロケ。撮影クルーがキャストを撮影しながら、同時にモニターでチェックする。

 

この日差しの感覚。女性の表情。子供の笑顔。

 

ああ、なんかこういうものが本当は撮りたかったんだよなぁと、涙が出そうになった。

 

CMは、その結果、商品やサービスの知名度が上がったり、売れたりしないと意味がない。だから、自分が良いと思うCMを作ることは、自己満である。

ただ、全ては自己満から始まると思っている。

こういう感覚を経たのちに、他者がクリエイティブの監督となる中で制作を行い、自分との違い、逆に相手の良さみたいなものが分かる。同時に、クライアントや生活者が何を求めているのか、どういうところに共感するのか、みたいなところも自分の中にある基準と比較できる。

 

 

まずは自分が好きだなぁと思うものを作るところから、始まるのかもしれない。

 

 

 

3月12日 準備体操

火曜日、

 

 

いつから始めたのか分からないが、僕のDaily routineの一つにラジオ体操がある。

朝、ランニングに行く前と、夜、寝る前である。

第一と第二、それぞれ7分くらいなのだけど、これをやるとやらないとでは、その後の行動の質が全然違ってくる。

 

体の軽さが全然違う。ラジオ体操をしていないときは、「走らないと」と思って足を前に出すのだけれど、ラジオ体操をしている時は、無意識に体が前に向かっていく感覚。おかげで、ポッドキャストの内容がちゃんと頭に入ってくる。

 

夜のラジオ体操もそうだ。

これをやる・やらないでは、寝つきが全然違う。布団に入った時の体温が全然違うのだ。

結果として、良いパフォーマンスに繋がる。

 

なのに、

なぜ同じことが仕事で出来ないのか。

 

ほぼ毎日、広告代理店との会議がある。クリエイティブに関する会議、デジタル配信に関する会議、CMに関する会議、SNSでのキャンペーンに関する会議、ありとあらゆるトピックが行き交う。

なのに、

資料は事前に共有されず、その場で出されて、そして僕はプロジェクトリーダーとして最初の意見を求められる。

 

もともとちゃんと準備しないと良い結果が出ない人間だ。

準備体操を仕事でもやりたい。

 

今日は会議が本当に立て続けにあり、心からそれを願った一日であった。