HONEST

齢31歳。音声コンテンツ好きの僕が、日々の学びや気づきを、文章とイラストで自由に記録していきます。

6月23日 雨の夜の天王洲アイル

日曜日、

 



 

小さい時から、落ち着きがない子だねぇと言われていた。僕が外に遊びに行くと、必ず怪我をして帰ってくる。生傷が絶えない。注意力散漫。子供の頃に、親や先生からよく言われていた。

室内にいたらそれはそれで、手が痒い子供だねぇと言われていた。どういうことかというと、手が暇になってしまってじっとしていられないのだ。

ペンと紙があれば意味が分からない絵や文字を永遠に書き続けていたり、ピアノを習っていたこともあってエアピアノをやっていたり。すぐに自分の世界に入って、他の皆がやっていることに興味を持てなかった。

そして極めつけは、時間を守れないことである。はじめの時間は守れるのだけれど、終わりの時間が守れなかった。だいたい終わらないのだ。

ほんと、集中力がないんだねぇとよく言われていた。

 

小さい時はそれでも問題なかったし、学生の間は時間もあったからまあ大丈夫だった。でも社会人になってから、これは矯正せざるを得なかった。みんなで同じ方向に向かって目標を持ち、決められた時間内で成果を出す。営業組織に配属された僕は、こういう空気が耐えられなかった。

 

多分自分は他の人とずれてるんだろう、とそう思っていた。

とにかく、これやってと言われるとやりたくないし、皆で一緒に頑張ろうと言われると吐き気がするし、絶対残業しないでと言われるとクラクラしてしまった。

 

確か社会人5年目くらいかな、それくらいの時に初めて聞いたのがADHDという言葉だった気がする。今ではだいぶ市民権を得ているけど、当時はまだまだ知られていなかった気がする。この言葉も僕はラジオを通じて知った。

 

目の前にあることに注意が向いてしまうし、人との距離の取り方が難しく、人見知りはしないけど2回目以降会おうとは思わない、大勢で一緒にいると全く集中が出来ず、とにかく時間を制限されると思考がストップしてしまう。

こういう状態は、ADHDの症状によくあるということを知った時、少しは気楽になったと共に、何にも気にならない場所へ、誰も気にしなくていい場所へ行きたいと思った。

 

だから、誤解を恐れずに書くけれど、僕にとってコロナは割とありがたかった。そして、湾岸エリアで一人佇むという営みはこの時から始まったのだ。

コロナが始まって、不要不急の外出は控えるように言われていたけれど、僕にとっては緊急的に必要な外出だった。湾岸エリア周辺の商業施設は基本どこも休業中で、フェリー乗り場もガラガラ。密になる心配もないから、よく一人で本を読んだりしていた。社会人になってから数年間は、本さえ読めなかったのである。

 

コロナが終わって人出が戻ると、湾岸エリアもまた賑やかになってくる。これからの時期は、BBQや花火もあるし混みあうこともあるだろう。それでも混まない時がある。

それが雨の日、そして夜だ。まさに今日がベストコンディション。そこまで遠くはないけれど、決して近くではない天王洲アイル周辺をさっきふらふらと歩いてきた。

 

雨の日曜日の夜。いつもの夜よりも、より一層静まり返っていて、コンクリートがいつもよりも冷たくて、でもムッとした湿気が矛盾していて。

乾いてるんだけど、湿ってる。こういうのが好きだ。乾いた鉄・コンクリートだけだと、強い自分を崩せないんだけど、そこにぬるっとした湿気があると、なぜか郷愁が感じられる。なんなら、ちょっと生活臭もして、そこに懐かしいと感じる自分がいて、自分も人間なんだなぁと思う。

 

なんだか気分がすっきりして、家に帰ってきてから、ランニングに出かけてみた。相当元気をもらったみたいである。

 

日常社会の中で、僕は圧倒的に身体よりも精神が疲弊する。こういう場所は、僕を解放してくれる避難場所としてありがたい。

 

雨の夜の天王洲アイル、大事な僕の避難場所。