日曜日、
何かがきっかけとなって、自分の過去の記憶が急に蘇ってくるということは誰しも経験があると思う。
場所だったり、味だったり、音楽だったり、声だったり。
僕にとってのそれは匂いだ。
まだまだ暑い日が続くけれども、少しずつ夕方になると涼しい風が吹き始めるようになった今日この頃。特に今日は、6時にもなればだいぶ暗くなって、強めの風が吹いていた。
朝と日中、途切れ途切れに雨が降っていたこともあり、生乾きの道路から湧き上がるモワッとした熱気も、夕方に吹き始めた夜風によって昇華されていくような、そんな感じであった。
時刻は夕方の6時半過ぎ。僕は7時から予約していた歯医者に向かうところだった。〇〇号線と呼ばれるような大きな通りに沿って歩いている。
これから始まる夜を告げるような風、道路を走るトラックが放つ独特の臭い。鉄臭いというかガソリン臭いというか。そして道路からの熱気。夏の大通りによくある臭いだ。これだけなら、別に何も変わらない普段の夕方である。
ふと、カレーのような、でももうちょっと草系のようなスパイスの香りと何かを焼いている時の香ばしい匂いが、僕の鼻を刺激し始める。インド系の飲食店の前を通りすぎたのだ。
これらの臭いが交わるとき、僕はいつもカンボジアにタイムスリップしている。
当時は9時~5時半という勤務時間で働いていた。今と大きく違うのは、基本的に残業がなかったということ。5時半になったらみんな帰る。もちろん僕も帰る。
カンボジアの夕方。雨季はほとんどの場合で道路が冠水するレベルの雨が降る。乾季は、日本の秋の入り口のような感じになる。夕方になると涼しい風が吹くのだ。
基本は車、そしてバイク社会。町にあの独特の臭いが溢れている。そして、帰宅ラッシュの時は屋台も賑わっているし、基本的に街中の食堂はオープンテラスタイプ。
豚や鳥が丸焼きだったり、串に刺されて焼かれている。その中を自転車を漕いで僕は帰っていく。
一日の終わりの達成感と、全然自分が貢献できていないという焦りと、明日は同僚にどんな話題をふっかけようかというちょっとしたワクワク感と。色々な感情が綯交ぜになっていたのを覚えている。
そんな時に、僕の鼻孔をいつも刺激していのが、この匂いなのだ。
僕の年代で海外でお金を稼いでいたのは、当時はあまりいなかった。だからちょっとした浮かれ気分もありつつ、でも全然貢献できていないという恥ずかしい気持ちもあり、本当にもがいていた時だった。それでも、カンボジアはいつも優しかったよなぁというのを覚えている。
夏が終わりに差し掛かっている時の夕方。
そこに混ざる街の臭いと、スパイス、何かを焼いている香り。
遠い記憶の中に一気に連れていくこの組み合わせ。
なんか当時頑張ってたよなって思って、もうちょっと頑張ろうと背中を押される感じだ。
今の自分の背中をそっと押してくれるような遠い記憶って、きっと誰にもあるよね。
明日からもまた頑張ろう。