日曜日、
母方の祖父は鶏肉が食べられなかった。
「この人のためだけに別メニューを作らないといけないのよーめんどくさわー」
と、祖父がまだ生きていた頃は笑いながら愚痴を溢していた。うちは途中からシングルマザー家庭になったこともあって、時間があれば祖父母がよく手伝いに来てくれた。
僕は祖母が作る鶏のから揚げが大好きで、
「おばあちゃんが来る=てんこ盛りの鶏のから揚げが食べられる」と脳内変換されていたことを今でも覚えている。もちろん、祖父は別メニューで、だいたいの場合でアジフライが多かった。
家族の料理を作る人にとって、個別に別のメニューを準備することほど面倒くさいものはない。母に代わって料理を作っていた僕は、それが痛いほどわかる。料理だけじゃなく、全体の家事のリズム感を崩すのだ。
でも、誰も祖父を責めなかった。それは、祖父が鶏肉が食べられなくなってしまった理由を知っているからだ。
祖父が小さい頃住んでいた長屋。その前に大きな養鶏場があった。養鶏場といっても、どちらかというと鶏の牢獄みたいだったという。全て伝聞だから正しいかは分からないけど、金網で作られた小屋の中に雌鶏たちが押し込まれて卵を産まされていた。
今の養鶏場というと、恐らく鶏たちが収容されている建屋の屋内は見えないようになっている。でも祖父が幼かった昭和初頭は、全て丸見えだったという。
祖父が育った家庭は大変な愛犬家の家庭で、生まれた時から祖父が家を出るまで、何かしらの犬が居たという。捨て犬を拾ってきてしまったり、もらってほしいと頼まれると断れなかったようだ。
そんな祖父にとっては、ゲージの中に押し込められた鶏達を毎日見ること、そこから漂ってくる糞尿の臭い、それから死臭、こういったものが本当に耐えられなくて、絶対に近寄らなかったらしい。
幼い祖父にはなんにもできないし、実際にその養鶏場から卵をもらっていたりしたらしいから、嫌でも嫌とはいえなかったようだ。
ただその結果、祖父は鶏肉を舌に載せるとあの光景がフラッシュバックしてしまい吐くようになってしまったらしい。卵は形を変えるけど、鶏肉は食感が残る。どう頑張っても克服できなかったようだ。
なぜこんな話を思い出したのか、それは僕が個人的にもずっとフォローしている朝日新聞文化部の大田匡彦氏が、ポッドキャストに久々に出演し、そこで養鶏場で働いていた女性を取材した内容を話していたからだ。
祖父、祖母、それから母から全て伝聞で聞いたけれど、本当だったんだ、、、とこの放送を聞いて理解した。それから、関連する記事も紹介してくれた。
日本は、諸外国と比べてあり得ないくらい卵の値段が安い。でも、物価の変化を計測するバロメーターとして卵が良く使われるほど、我々日本人は卵の値段に敏感だ。安くて当たり前、と思っているからだろう。それに、朝・昼・夜、どの料理にも使うからだ。
でも、なんでこんなに安いのか。その理由を知ったら、値上げに対して反対できなくなると思う。そもそも、こんな劣悪な環境で、一つの固いケージに何羽も一緒にされて、全てのエネルギーを産卵に使えるように極力エネルギー活動を控えさせる。
太田さんが取材した女性は、当時働いていた養鶏場で、毎朝の仕事は鶏舎から死体を取り出すことだったと話しているという。
極論を振りかざしても納得してもらえないことは重々承知だ。
ただ、もし自分が同じ立場に置かれたらどう感じるだろうか。無理矢理卵を産まされ続け、動きたくても動けない、そして体はボロボロになって産めなくなったら処分。
ちなみに、養鶏場で生まれた雄鶏は、大半の場合その場ですぐにシュレッダーにかけられるという。これが極端な例ではなく、極めて当たり前というから、本当にびっくりだ。
自分の子供をシュレッターにかけることができるだろうか。
こういう話を書くと、
「そんなのキリがないだろう」
「じゃあ他の動物はどうなんだ?お前は肉を食べ、牛乳を飲むだろう!」という反論が聞こえてくる。
論点はそこじゃない。
こういう現実を目の当たりにして、これは良くないと動き出している民間企業がある。これは良くないと動き出している団体がある。
そして、この分野では日本は非常に遅れを取っており、アニマルウェルフェア―が進む他の国からしたら、これは明らかに野蛮である。
こういう事実を知っているだけで、次にスーパーで買い物をするとき、自分の行動は変わってこないだろうか?生産方法をチェックしよう、とか、顔が見える生産者かどうか、とか考えるんじゃないだろうか。
新聞やネットニュースを読む中で、もし関連するワードが出てきたら注目するようになるんじゃないだろうか。そこから支援団体や企業に繋がっていけるんじゃないだろうか。
みんながアニマルウェルフェアを支持すれば、逆に劣悪な環境で育った雌鶏の鶏卵は、買われなくなるだろう。周りの目を気にする日本人なら、なおさらだ。
知らなくても困らないけど、でも知っていた方が確実に良いこと。
読んで頂いた皆様にも届いてくれたら嬉しいです。