日曜日、

僕は、香りに敏感である。このブログを書いている今も、ヒノキのお香が焚かれている。
実家のお花教室では、生花の時はもちろん、プリザーブドフラワーの時も、いつもお花や葉っぱの匂いが漂っていた。アクセントにシナモンやオレンジを使う時などは、すぐにわかった。
日中のお花教室が終わると、夜はピアノ教室に変わる。その時に、いつも母は白檀のお香を焚いていた。幼稚園児から高校生までを見ていたのだが、汗の匂いや、思春期独特の体臭があり、いつでも同じ香りを保てるように、お香を焚いていた。
そう考えると、母も匂いに敏感だったみたいだ。
あ、この習慣いいなーと思ったのは、出かける時にお香をつけてから出かけるという習慣だ。帰宅した時に、お香のかすかな香りが残り香として漂っていると、とても気持ちが良い。この習慣は、実は僕も取り入れていて、一人暮らしをしている今、朝会社に行く前にお香をつけていくようにしている。
香りを生活習慣に取り入れている人なら、きっと生活スタイルが合うんだろうなと思う。
勝手なイメージだけれど、家の中がぐちゃぐちゃな人に、香りを楽しむような生活スタイルを送っている人はいないと思う。アロマディフューザーなら可能性はあるかもしれないけど、もし家の中が汚れていたり整っていなかったりしたら、そもそもお香をつけること自体危険である。
つまり、居住空間を清潔に、かつ整えていないとお香は楽しめないと思う。
良くも悪くも、毎日掃除をすることと、整理整頓しておくというこの二つは、僕の中に叩き込まれてしまった。
常に誰かしらが来る家だったから、家の中を整理しておく必要があるのだ。テーブルの上にはモノを残さない、床にはモノを置かない、足の裏の痕が床に残っていたらワックスがけをする、掃除機をかける、そして全部おわったらお香を焚く。この一連の流れを毎日やっていた。
こういうのもあって、僕は他人と一緒に住むということが難しいと感じている部分もある。
整理整頓とか掃除とか、そういうところだけではなくて、好きな香りが同じでないと厳しいだろう。
香りと言えば柔軟剤の香りも僕は結構気にしてしまうタイプ。
柔軟剤を使わなくても大丈夫な繊維や織り方をしているものを除いて、基本的には洗濯で柔軟剤を使うだろう。他人の家のタオルを使った時に、その家庭の香りに対する価値観が現れる。
生地とか織り方とか関係なく、そもそも柔軟剤を使わない人(つまりゴワゴワ)。
全然好みではない(むしろ苦手)香りがする柔軟剤を使っている人。
そして、僕と同じような香りを好んで柔軟剤を選んでいる人。
この3つ目のパターンに遭遇した時ほど、テンションが上がることはない。香りってやっぱり僕にとっては大事。
そして、部屋の香りも大事だけど、自分の匂いも気を付けないと。これから暑くなるしね。
スメルハラスメント、通称スメハラという言葉も、ここ数年でよく使われるようになってきた。
匂いにもっと敏感になっていこう。