月曜日、
今年は本当に一年暑かった。
今日は一日外出するのに、そういう日に限ってなんでこんなに暑いのか。
その逆もあって。
今日は一日外を歩くのに、なんで今日に限って雨なのか。
天気は僕の予定なんか気にしないから、お構いなしだ。
そういう時って、
「何で自分だけがそうなんだ」「どうして僕はいつもそうなんだ」って、自分がこの瞬間は世界で一番不幸な人間であるかのように、激しく落ち込むことがある。
でもそんな日だって人によっては全然違う日だったりする。
例えば僕にとってのバッドデイ。でも誰かにとってはバースデイかもしれない。
僕が風邪で寝込んでいるその瞬間、誰かにとっては例えば旅行とかを楽しんでいる最中かもしれない。
そして、僕にとってのハッピーデイが、誰かにとっては、例えば愛犬を亡くしてしまった悲しい日かもしれない。
そう、同じ2023年12月18日の夜だったとしても、僕にとってのその時間と、他の人にとってのその時間は全然違うのである。
そう考えると、もし僕がいま不安や悲しみを抱えていたとしても、それはある種当たり前というか、悲しんでいる人が居れば、幸せに満ち溢れている人がいるっていうのは当然なことであって。
何が言いたいかっていうと、誰かにとっての曇りの日は、誰かにとってのバースデーであるように、視点を少し上げて視野を広げてみると、なんだか自分がアンハッピーであること自体が、「そりゃそうでしょ」って思えてきたりする。
自分しか見ていない狭い視野だと、もう世界に自分しかいないから、自分が不幸なら世界が全て不幸になっちゃう。でも、視野を広げてみると、そりゃあハッピーとアンハッピーは一緒に起きているということが、当たり前のことのように感じられる。
切羽詰まってる時、焦ってる時、打ちひしがれている時、、、どうしてそうやって考えられないんだろう。
ハッピーに生きていくための方法として、視点を上げる・視野を広げるということを、改めて考えるきっかけとなった、そんな話を今日は最後にシェアをして、日記を締めくくりたいと思う。