日曜日、

僕が毎週聴いているポッドキャスト番組、『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』。今週のメインテーマは家族についてであった。先週の回で、家族にまつわるエピソードを募集したところ、たった1週間で相当な量のエピソードが集まったという。もし全部紹介していたら3時間になってしまうだろう、とスーさんが言っていた。
そして沢山集まったエピソードの中に一つも幸せな家族に関するエピソードがなかったという。みんな表には出さないだけで、周りには話せない家族の悩みを抱えているのだということが良くわかる。
聴く人によっては、「他人の家族の話をされたところで・・・」と思う人もいるかもしれない。でも、こういうことで悩んでいるのは自分だけじゃないっていうことに気づくこともできると思うから、個人的にはこういう話はどんどんしてもらっていいと思う。
いつもよりも少し長めの放送で、お便り紹介にたっぷりと時間を割かれた今回の放送、スーさん・美香さんも言っていたけれど、「家族」というテーマではあるにも関わらず、「母親」に関するエピソードの割合が非常に多かった。
母親と分かりあえない話、母親に申し訳ないと思った話、母に対する感情が整理できないという話、たくさんあった。それだけ母親が持つ家族への影響というのは、良くも悪くも大きいのだと思う。同時に、どれだけ母親に負担が偏っているかも分かる。
母親を非難するようなエピソードも多かったけれど、それだけ母親としての責務(そもそも責務とはなんだ、という疑問もあるが)が重すぎて、本来は人間一人が抱えられるようなボリュームではないのかもしれない。そう考えると、女手一つで僕を育ててくれた母には頭が上がらないと改めて思った。
いま卒業シーズンを迎えて、SNSには卒業式や新生活に関する投稿が多く流れてくる。そういうもののほとんどが感動系の投稿だったりするけれど、SNSにアップされるものはあくまでほんの一面に過ぎないのだと思う。見えない部分こそ、むしろ本当の家族の姿であって、そういうものを見ないようにするために、むしろいろいろな葛藤を抱えながらもここまでやってきた自分に対して「おつかれさま」の意味を込めて、正当化するために投稿してるんじゃないかな、と思う。自分の子供が成長した姿を見て涙を流している親が多いけれど、これは自分への労いの涙だと思うし、そうであるべきだと思う。家族を持ち、育てるということは並大抵のものではない。本当に、お疲れさまである。
僕も、家族に関するエピソードと問われたら、間違いなく母に関するエピソードだと思う。これは片親家庭で育った子供特有かもしれないけれど、物心ついた時から「自立」というのが大きなテーマになっていた。
自分一人で生きていけるようにならなければいけない。お金だけじゃない。仕事も勉強もそう。容姿もそう。家事全般もそう。母を見ていて自然とそういう使命感のようなものを抱き、ここまで来てしまった。
だから、僕は誰かに頼るということが苦手である。頼ることは良くないことのように思えてしまって、自分で出来ることは自分でやるし、今できることは先延ばしせず今やる、ということが体の隅々に浸透しきっている。これは時として、他者を跳ねのけてしまうのだ。だからといって、僕は、僕がこれまで歩んできた轍を悲観的に振り返りはしない。
ここからだ。
それぞれの家族の話を聞きながら、自分の場合はどうだろうと思いを巡らすことも、たまには良い。過去を振り返りたくはないけれど、過去がなければ今はないし、今がなければ未来もないから、こういう時間も大切だ。
多くの人が人生の節目をつけるこのタイミングで、僕も改めて育ってきた環境・家族に感謝を言いたい。