金曜日、
「実は先月、肋骨を折ってしまったんです」
通っているヘアサロンの担当の方がボソッと。「ほら見てこれ」とコルセットを見せてきた。
理美容業界は年末年始は繁忙期とのこと。年末は、多くの人が髪を切ってさっぱり新しい年を迎えたいと思うようで、大晦日ギリギリまで予約でいっぱいとのこと。
新年は新年で、年末に髪の毛を切りそびれた人が、仕事が始まる前に髪を切りに来たり、成人式を前に予約が埋まるらしい。受験もあって、さっぱりしたい人が多いようだ。
年明けからずっと体調が悪く、それでも店を閉めるわけにはいかないから、なんとか薬で対応してたものの、ついに咳が止まらなくなってしまったらしい。
そんな状況で、とにかく咳が出っぱなしの状態が1週間くらい続いたある夜、しかも夜中、目が覚めた瞬間に激痛が走ったとのこと。
痛い、痛い、とにかく痛い。痛すぎて気持ちが悪くて吐いてしまい、でも吐くのも痛い。
救急車を呼んで運ばれた先でレントゲンを撮ったところ、
「疲労骨折ですね。お兄さん、まだ31歳でしょ?ちょっと若すぎるんじゃない?ちゃんと休んでる?」
とのコメントを医者からもらう始末、とのこと。
そう、彼は僕と同い年、しかも同学年の31歳なのだ。それで都内に自分の店を持てるんだから、相当優秀なんだと思う。でも、それは天才というよりも努力。そしてその努力も、腕を磨くだけではなくて、人脈を広げるために夜の場にも顔を出したり、お客様のビジネスを利用したり。トータルで努力している、そんな人だ。
もう何年も実家に帰っていないと、北海道出身の彼は言っていた。帰れないわ、そんだけ働いてたら。
ただ、体は嘘をつかない。職業柄、食生活も不規則になって、かなり体重も増えてしまったとのこと。確かに、毎回少しずつ大きくなっていた気がする。それも、肋骨の疲労骨折には少なからず影響しているらしい。やっぱり過労だ。
それでも結局2日間だけ休んで、あとはコルセットをしながら、またお店を開けている。
なんでこんなに頑張れんだろう。
彼はただ、ヘアスタイリストという仕事が好きだという。それに、オーナーとして従業員もいるわけだから、その責任もあるのだろう。
「病気って、基本9割は気持ちで治せるって思ってます」とあれだけ言っていた彼が、これからはマメに病院に通うとのこと。しかもこれからは、内科だけではんく整形外科にもだ。
彼とこういう話をしながら、実は僕も周りから同じようなことを言われた経験がある、ということを思い出した。
「〇〇さんって、ほんとにストイックだよね」
うーん、決してストイックだとは思わない。ただ、中途半端に物事を進めることができない。つまり、要領よく適度に物事をこなすほどの器用さを持ち合わせていないのだ。
僕だってもっと効率的にやりたい。もっと頭がよくなって、短時間でこなせるようになりたい。
でもそれによって時間と体力に余裕が生まれたら、その生まれた余裕を使って、もっと仕事にのめり込むんだと思う。
もちろん、僕も、そして彼も独身で、今は仕事しか気にしなくていいから、というのは大いにあるはずだ。
ただ、彼を見ていて思うことでもあり、そして僕の両親、そして曾祖父母を見ていても思ったのだが、働かないと食ってけないという精神が、染みついてしまっているのだと思う。
正直、日系企業に所属していれば、犯罪を犯さない限り、解雇されることはない。つまり、給料がもらえなくなることはない。
ただ、自営業は違う。保証がない。働いて稼がなければ、明日の命に繋げないのだ。
僕は両親も、曾祖父母もみんな自営業だから、朝起きてから寝るまで働いているような家庭で育ってきている。
病気で休むという選択肢とか、病欠みたいな概念がない。
ヘアサロンの彼もそんな気がする。
ただ、この考えは絶対に他人に強いてはいけない。当人がそう思うならそうすればいいだけ。でもそれによって、周りが被害を受けることは避けなければいけない。
だからやっぱり僕は、本当のところは組織が向かないのかもしれないなと、改めて思う。そして、きっと結婚したら離婚するだろうと思う(笑)
働くことは、自己実現です!
働きながら輝く!
お客様のために!
色々綺麗な言葉はあるけれど、その大前提として、僕の中では、働かないと食えねえんだよ、っていうのが根底に流れている。その上で、働くことを通じて自分のやりたいことを実現していくっていうことなのかな、と思う。
このエピソードと、ちょうど読み終わった、泉房穂氏の『社会の変えかた』を読んで、そんなことを妄想した。
印象に残った泉さんの言葉
「ゆっくりするのは死んでからでいい」。なんかしっくりきた。