HONEST

齢31歳。音声コンテンツ好きの僕が、日々の学びや気づきを、文章とイラストで自由に記録していきます。

5月5日 他力本願

日曜日、

 

 

昨日読了した、孫泰蔵著『冒険の書 AI時代のアンラーニング』、この内容にも一部関係してくるけど、今日Voicyを聞いていて改めて腑に落ちたことがあり、今日はそれをここに残しておきたい。

 

僕が毎日聴いているVoicy。20人くらいをフォローしているけれど、その中で放送がある度に必ず聴くというのは半分くらいである。その中の一人が、同時通訳者である田中慶子さんだ。田中慶子の夢を叶える英語術という番組を配信している。

 

voicy.jp

 

そんな彼女が、いつも事あるごとに口にするのが、この”他力本願”というフレーズである。

一見、他力本願という言葉は、無責任というか無自覚というか、とにかく自分でやるべきことを他人に任せてしまう、みたいなそんな風にネガティブに捉えられてしまいがちだ。僕も、慶子さんの放送を聞き始める前までは、どちらかというネガティブに捉えていたし、僕自身が自分で何でもやってしまおうという自立志向のところがあるから、正反対だったのだ。

ただ、彼女が言っている他力本願というのは、「私は何にもできません」という風に吹っ切れて何もしないという意味ではない。自分には、好きなこと、そして好きが転じて得意なこと、得意になったことがあり、その領域については私がやる。でも、自分が苦手なことについては、その領域が得意な人にお願いをする。十人十色というけれど、人が存在する分だけ、得意分野・苦手分野はそれぞれ存在する。無理して苦手分野を自分がやるんじゃなくて、そこは得意な人にお願いをする。一方で、誰かの苦手分野が自分の得意分野でもあるから、そこは自分がやる。こうやって上手く役割分担が出来れば、みんなハッピーだし、最終的に良い結果になるのではないかと、そういう思想なのだと思う。

慶子さんは、これまでに世界中の名だたる要人の同時通訳の仕事をしているし、今も現役で常に世界と日本を行き来しているような、そんな人である。何かしらの結果を出してきた偉人と一緒に仕事をしているからこそ、多少の出来るは実は出来ないに属する、みたいなことも身に染みて感じているのだと思う。その結果として、慶子さんにとってここは得意だけど、あとはもう自分よりも得意な人が山ほどいて、そこはもうお願いしちゃおうっていう風になったのだと思う。

 

この考え、実は昨日読了した本の中にも少し出てきていて。何でも自力でやろうとすること、それ自体はとても良い心意気であることは間違いない。ただし、それは同時に自分なら何でも出来るという驕りでもあるのだ。だから、できることを理解するのと同時に、あとのところは自分はできないのだ、ということを認めてそれで他人の力を借りるというのが、実はとても真摯で正直で、そして謙虚な姿勢なのだと、そんなことが書かれていた。

 

この話を聞いて正直自分自身を恥ずかしく思った。自信と驕りは紙一重だけれど、少し自信過多になっていた部分があったかもしれない。

 

そして他人に頼ることは決して悪いことではない、そんなことも書かれていた。

それは、僕たちは頼られることで自分自身の存在意義を認識することができるからだ。お願いする時は、「やってもらって悪いね」とは言うけれど、頼まれたり頼りにされて、気分が悪くない時も結構あるのではないか。

 

自分自身を過信して狭く生きるよりも、自分自身に正直になって、他者に頼ること。そうした方が、結果的に楽しく有意義な人生になるのかもしれない、そんな風に感じた。