土曜日、

「誰か他の人に作ってもらった方が美味しいと感じるもの」
どんな料理が思い浮かぶだろうか。
一般的には、一流のシェフや、その道で修行を積んだ人しか作れないような手の込んだもの、こういうものがその類の代表格になるのかもしれない。
ただ、そういう料理を料理教室で自分たちで作ったりしてみると、案外自分で作った方が美味しく感じたりするものだと、個人的には思う。手のかかるものほど、完成までの道のりも美味しさに影響してくるから、自分で作った方が達成感と一緒に美味しさをかみしめることができるのだと思う。
僕にとって、誰か他の人に作ってもらった方が美味しいと感じるもの、それはすごくシンプルな料理だ。
おむすび、味噌汁、雑炊。こういうサクッと作れるものほど、誰かに作ってもらえると美味しいと感じる。
そういう風に感じるようになったのは、留学をしてからだったと記憶している。現地での生活費を抑えるために自炊をするのだけど、自炊するメニューすらお金がかからないもの、そして時間がかからないものする必要があった。毎日食べるものだからだ。
米は買える、味噌も手に入る、卵と野菜は手に入る、火も使える。そうなったらもう、おむすびと味噌汁、たまに卵焼きで十分だった。
社会人になってもそれは同じで、このルーティーンが続く。そこからさらにエスカレートして、ご飯を握ることさえしなくなり、最後は味噌汁に冷凍ご飯を解凍してひと煮立ちさせる、という雑炊を毎日食べていた。
だから、たまに実家に帰って出てくる味噌汁を飲むと、びっくりするくらい美味しいと感じるのだった。それは、母も同じようで、僕が作る味噌汁と厚焼き玉子が美味しすぎてびっくりするらしい。
なぜこんな話をしているのか。
昨日この日記で書いた高熱でぶっ倒れた後輩が、実は相当ダウンしてしまったようで、液体すら飲めないと昨夜遅くに連絡が来た。これはもう行くしかないかなと昨夜の時点では思っていて。ただ今日病院に行ったらコロナとのことで、来るのは危険とのこと。
抗生剤を飲んだら少しは楽になったということで、とりあえずありったけのウイダーとアミノバイタルゼリー、経口補水液と野菜スープと味噌汁、そしてお粥を買いこみ家の前に置き配してきた。
9時過ぎ。
「お粥ってこんなにおいしいんですね。感謝です。」とチャットが来た。どうやら食べれたようだ。2日ぶりくらいの固形物らしい。そして、味噌汁もビックリするくらいうまいと立て続けにLINE。
実は彼は料理が趣味の一つであるほど、料理男子なのである。ただ、直接人間が作ったものでなくても、第三者的な人が作ったシンプルなものがこれほど美味しいということを実感したようだ。
どうしても、シンプルな料理に対して、僕らはありがたみを感じづらい傾向があると思う。だから、ついつい「美味しい」「うまい」「ありがとう」と言う言葉を表現することを忘れてしまう。
でも本当はこういう食事にこそ、ちゃんと美味しいって伝えてあげること大事なんじゃないかなと、今日の経験と、それから過去の自分の経験を踏まえて感じた。
決して僕が作ったものではないけれど、でも彼の感想は、やっぱり嬉しかった。
今度実家に帰ったら、「おいしい。ありがとう」って言おう。